第七話 VS 烈火の探偵 捜査編②

●7:08 玄関

 

「誰かあ! 誰か来て!」


「大丈夫ですか!」


 僕が悲鳴を聞きつけ駆け付けると、玄関を出たところで女性登山客が腰を抜かして地面にしりもちをついているのを見つける。


「いったい何があったのですか?」


「人が、背中にナイフが刺さって、倒れているんです!」


 靴を履き女性のもとへ近づく。今度は自分自身の靴だ。

 女性は外の一点を指さしており、そこにはコートを着た人物が倒れていた!


 遠目からでも分かる。

 背中に突き立てられたナイフの周囲は血が流れた跡がある。

 流れ出た血は円形に白い雪を赤く染めている。


 ここと、先ほどの部屋に残された出血を鑑みれば間違いなくコートの人物は死んでいるだろう。

 いや、そもそも捜査パートが始まっているのだ。

 ターゲットであるなら確実に死んでいるはずだ。


「っ!?」


 僕は駆け出そうとして、足を止める。

 僕のアバターの立場はここの管理者側だ。

 倒れている人がいるのなら、すぐにでも駆け寄るべきだろう。

 しかし、寸前のところで気づいた。

 雪の上に残された足跡の違和感に!


 現在外には雪が積もっている。

 当然その上を歩けば足跡が残るはずだが、玄関からコートの人物の所まで雪の上に残された足跡は一組だけだった。

 つまり、残された足跡が犯人の物だとしても帰りの足跡が無いのだ。

 この状況で僕がコートの人物の所に駆けよればどうなるか。


 足跡は僕ともう一人の物だけとなる。

 状況から察するに残る足跡はあそこで倒れているコートの人物の物だろう。

 つまり、コートの人物に近寄り犯行を行うことができたのは僕だけだというロジックが成立してしまう。

 これはエンドウが作り出した罠だ!


 危なかった。何という狡猾な罠だ。

 プレイヤー以外の人物は犯行が絶対に行えないように行動が調整される。

 女性登山家がコートの人物の下に駆け寄ることなくここで腰を抜かしているのも足跡を残さないよう調整する一環なのだろう。

 つまり、この罠はプレイヤー相手にのみ発動するというわけだ。

 だが、気づいてしまえば対処法はある。

 僕は座り込んでいる女性に声をかける。


「見てください! コートの人物の下に向かう足跡が一つしかありません。きっと犯人がトリックを使ったのでしょう! これは重要な証拠です。この状況を崩さないように遠回りして倒れている人のもとへ向かいましょう!」


「へっ? 犯人、ですか? ええっと、はい」


 よろよろと立ち上がる女性登山客。

 多少強引ではあるがこれで僕が足跡を残しても女性登山客の証言があるため問題はない。

 僕は、女性登山客に肩を貸すと、一応後で他の人物から難癖をつけられないように遠回りをして倒れている人物のもとへと向かう。




「ひどい。一体だれがこんなことを」


 女性登山客は嗚咽を漏らす。

 その人物はうつぶせに倒れていた。

 背中にはコートの上からナイフが突き立っており、コートや周囲の地面は血で赤く染まっている。


「し、死んでるんですよね? この人」


「ひどい、ひどいよ」


 叫びを聞きつけて駆け付けた学生ペアは、僕らと合流するなり倒れているコートの人物を見て感想を漏らす。

 周囲には重い空気が流れている。


 ……うーん。面倒くさい。

 こんな場面はスキップして早いところ捜査を始めたいところだ。

 僕はコートの人物に近づきながら周囲の状況を確認する。


 エンドウが使ったのは足跡消失トリックだ。

 このトリックは、足跡を残さずに犯行を行うことで自身には犯行が不可能であると主張する、広義では密室トリックに分類されるトリックである。


 足跡の細工する方法にはいくつか心当たりがある。

 足跡の上から雪をかぶせる方法、板などを雪の上に敷き圧力を分散させる方法、すでに残された足跡の上を歩くことで新しい足跡を隠す方法、近くの足場から飛び移る方法、歩幅を偽り大股で行き来することで往復分の足跡を一組に見せる方法、そもそも近づかずに飛び道具で殺す方法、道具を用いて死体だけを投げる方法、空を飛んでいく方法……は、いくらゲームの中だとは言えあまり現実的ではないか。


 どの方法を使ったとしても何かしら痕跡が残るはずである。

 さて、どのトリックが使われたのか検証を開始するか。


「こ、こんなところでぼさっとしている場合じゃないですよ。早く、この人を見てあげないと」


 男子学生が声を上げる。

 そうか、僕が調べたいのは足跡の方だが死体をそのままにしておくわけにもいかないか。

 まあ焦る必要はない。

 おそらく僕のターゲットの死体はまだ発見されていない。

 発見されていれば温泉施設の方から何か反応があるはずだ。

 それが無い以上死体は発見されていない。

 ならば怪しまれないように、しっかりと手順を踏んで捜査を進めよう。


「そうですね。とはいえ、現場保存は必要でしょう。ここは二手に分かれましょう。ぼ、私たち二人はここに残って現場を監視しています。学生さんたちは食堂にいる皆さんをここに呼んできてください」


 僕は三人に指示を出す。危うく一人称を僕と言いかけたが、皆気づいていないよな?

 

「わかりました。行くよ!」


「あっ、待って」


 僕の指示を受け学生二人が山荘に向け駆けだそうとした、その時。


 突然の轟音。

 僕らは地面の揺れの大きさにその場にしゃがみ込む。

 今のは、爆発音?

 聞こえてきた方向は南東の方。宿泊施設の裏手、ちょうど温泉施設のある方向だ。

 

 ゾクッ、と悪寒が走る。

 いったい何が起きた?

 突然の異常事態に僕の頭が悪寒の正体を探る。


 爆発音。これは間違いなくエンドウの仕業だろう。

 これだけの音だ。おそらく爆弾が使われたのだろう。

 爆弾は初期に与えられる500HPの内の八割である400HPで交換可能な凶器だ。

 何の意味もなく爆発させるわけがない。


 ではいったい何のために。

 すでに犯行時刻は終わっている。

 そして、プレイヤーはターゲット以外の人物を殺した場合敗北となる。

 つまりこの爆発は殺人を目的としたものではないということだ。


 爆弾は破壊を目的とした凶器だ。

 目的が人を殺すことでないとしたら、証拠品を壊すこと?

 建物ごと爆破して証拠隠滅を図るつもりだろうか。

 だがそんなことをすれば爆発の音でここに証拠があるといっているようなものだ。

 証拠を隠滅するだけならそれこそ建物などの巨大なものでないのなら雪の中に隠すなど他に方法があるだろう……まさか、本当に建物を狙って?


 悪寒が強くなる。

 爆発の音がした方向にある建物。それは――温泉施設である。


 まだ僕のターゲットは発見されていない……つまり、僕が仕掛けた密室トリックは誰にも見られていないのだ。

 例えばこの状態で、温泉施設が破壊されたとしたら?

 浴室の壁に穴が開けば気圧差による密室トリックは、破綻するッ!

 

「まずい!」


 どうする? 今から行ってどうにかなるのか? いや、行くしかない。

 僕は【キーアイテム】発言力アップを発動させる。


「皆さん、何かが爆発したようです。とにかく見に行きましょう!」


「えっ? 爆発って、危なくないですか?」


「とにかく! 非常事態です。これ以上何かあってからでは遅い。とにかく温泉施設の確認に行きましょう」


 皆の返事を待たず女性登山客の手を取ると僕は温泉の方向に駆け出した。


「あっ、待ってくださいよ」


 後から学生ペアが付いてくるが今は構っていられない。

 爆弾により崩れ去ろうとする僕の完璧な殺人計画。

 僕は生きた心地がしないまま温泉施設目掛け駆け出していった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る