第五話 VS 烈火の探偵 犯行編⑤
●22:00 自室
画面に再び色が灯る。
場所は自室、時刻は22:00。さあ、犯行時刻だ。
僕は事前に用意しておいたリュックサックを手に取り部屋を出た。
目指すは
廊下は静寂に包まれている。
現在ステージ上に存在する人物は僕が操作するアバターとターゲットのみのため当然だ。
操作時間中のプレイヤーアバターを除く人物の行動は、犯行時刻終了とともにアリバイが自動で生成される。
また大きな音を出したり、ターゲット以外の個室を訪れたりなど目立つ行動を取れば目撃判定が付くために注意が必要だ。
そしてそれは裏を返せば自身が犯行を行っている間、他のキャラクターにはアリバイがあるということである。
疑われないためには犯行時刻の誤認や不可能状況を作り出し、自身では犯行が不可能であると主張できるよう準備が必要となる。
実際の犯罪であれば通り魔的犯行が一番疑われづらいというのが定説であるが、他のキャラクターのアリバイは完璧なものだ。
トリックが不完全であればすぐに疑いのまなざしを向けられる。
その点で言えばこの真犯人オンラインは犯人に厳しい。
実際の犯罪行為より非常にシビアなゲームである。
●22:03 玄関
玄関ホールから温泉施設へと向かう。
雪はすでに止んでいるが地面には5㎝程、雪が積もっている。
雪の上を歩けば足跡が残る。
靴跡が残るのを気にした僕は、アバターの足のサイズより大きめな男性用の登山靴を選択し履く。
これはおそらく男性登山客のものだろう。
懐中電灯をつけ、外に出る。
いくら他の人物がいないとはいえ、あまり目立つ行動をとれば目撃判定がなされ、捜査時に目撃証言が出てしまう。
僕はつけた懐中電灯を気持ち下向きに灯して進む。
灯りの先には幾筋もの足跡が山荘と温泉の間を行き来していた。
これなら自分の靴を履いてきてもよかったかもしれないが念を入れて入れすぎるということもないだろう。
雪の上を歩けば靴が湿ってしまう。
犯行後の靴の状態を判断材料に疑われる可能性もあるわけだ。
やはり、他人の靴を使用するのは間違っていないはずだ。
温泉施設に到着すると、肩にかけたリュックサックを降ろす。
建物内は入るとすぐにロビーとなっており休憩用の椅子や自動販売機が置かれている。
ロビーの先には男湯と女湯と書かれた暖簾が下がっておりそれぞれの脱衣所へと続いている。
僕はロビーに入るとおもむろにアバターの服を脱がす。
脱衣所があるのだ。
本来なら脱衣所で脱ぐべきだろうが、脱衣所でターゲットと鉢合わせをする可能性もある。
女性のアバターで、しかも時間外に男湯に入ってくるのをターゲットに見られれば不審に思われる。
その点、この時間であれば他の客がここに来る可能性は無いのだ。
今回僕が選択したのは刺殺だ。犯行の際に返り血を浴びてしまうのは確実だ。
裸であればここは温泉である。
返り血は浴槽の中で流すことができるだろう。
ちなみに真犯人オンラインはR指定の無い健全な殺人ゲームであるため生殖器や胸はモザイクがかかったように表示され視認できない。悪しからず。
服を脱ぎ終えた僕はリュックサックからタオルとナイフを取り出す。
迷わず男湯と書かれた暖簾をくぐると脱衣所を通り過ぎ、そのまま浴室へと侵入する。
タオルは汚れないように脱衣所へと置いておく。
浴室に入ると湯気の先に温泉に浸かるターゲットを発見する。
「なっ!? なんで君がここに」
ターゲットは僕の姿を認めると狼狽した声を上げる。
困惑している今がチャンスだ。
僕は【キーアイテム】である人体の知識を使用する。
ターゲットの体に急所が赤いポインターのように表示される。
僕はターゲットへと駆け寄る。
ターゲットは座った状態でまだ立ち上がれないでいる。
狙うべきは首筋、頸動脈部分の急所だ。
ターゲットは僕がナイフを手にしているのを認めたのか慌てて僕から遠ざかるように温泉の奥へと逃げようとする。
伸ばした左手でターゲットの肩をつかんだ僕は赤く表示された急所へとナイフを突き立てる。
ナイフを引き抜く。
画面が瞬時に赤に染まる。
首筋から噴き出す大量の血液が温泉の中へと落ちて湯を赤く染める。
『おめでとうございます。ターゲットの刺殺に成功しました』
メッセージとともに耳元でファンファーレが鳴る。
無事、殺人に成功したのだ!
僕は少しホッとするがここで手を緩めてはいけない。
不可能状況の構築はこれからだ。
僕はシャワーを使い自身の体に付いた血液を入念に流す。
見落としが無いように鏡で背面も確認し、何度も何度も入念に洗い流す。
殺人自体は簡単に済んだ。
しかし自身に犯行が不可能な状況を構築しなければ犯人として疑われるのは僕だ。
なにせ僕以外の人物にはこの時間、アリバイが自動生成されるのだ。
僕は行動を開始する。
僕はターゲットの入っている温泉の中にナイフを放り込む。
果物ナイフはありふれたもので僕が用意したと特定できるはずがない。
現場にナイフを残していくのは下手に持ち去って証拠を増やすべきではないという判断だ。
僕は置いておいたタオルで体をぬぐい、脱衣所を後にする。
●22:28 温泉
さあ、時間が迫ってきた。一回目の犯行時刻の残り時間は12分。
ここで細工を終えておかないと僕のトリックは不成立となってしまう。
僕が向かうのはロビーから隣接する温泉の機能を管理する制御室だ。
ここの温泉は源泉を利用している。
地下から汲み上げた100度近い源泉を水で40度近くまで冷却し浴槽へと送る仕組みだ。
つまり制御室の機械の設定をいじることで送るお湯の温度を自由に調整できるのだ。
僕はリュックから【キーアイテム】工具箱を取り出した。
今回僕が使うのはトリックの王様、密室トリックだ。
舞台は雪の山荘、外気は非常に低温である。
この低温と温泉の温度差を利用して浴室の内外に気圧差を生み出し密室を作り出すのだ。
手順はこうだ。
まずは温泉の温度の設定をいじり、源泉のまま浴室へお湯が送られるように設定する。
すると送られたお湯により浴室内は温められ、非常に高温な状態となる。
これで浴室内の空気は膨張し圧力が高まるため浴室の扉は脱衣所側に押された状態になるが、残念ながら浴室の扉は脱衣所側へ開く。
密室トリックを作るには残念ながらもうひと手間必要になってくる。
まず、膨張した浴室内の空気を一度逃がしておく必要がある。
空気を逃がして外気との圧力が同じになったら密閉し、今度は浴室内を冷やしていく。
これには温泉の温度を調整し、今度は混ぜる水の量を最大まで増やして対応する。
空気が冷えれば気体の体積は収縮し、浴室内の圧力は低くなる。
こうなれば浴室内は陰圧となり、脱衣所側から扉を引いても開かなくなる。
密室状態を作り出すことができるのだ。
浴室内には脱衣所に続く扉以外に人が出入りできる穴はない。
換気扇はあるが人が通れる大きさではないのだ。
ああ、もちろんこの時換気扇は止めておいてある。
そうでなければ浴室内を陰圧にできない。
こうなれば扉が開かない、つまり扉に鍵をかけた者が浴室内にいるはずだというロジックが成り立つ。
そして扉をぶち破り中に入るとそこには管理人の死体があるだけで他に人の姿は見られない。
この状況を発見したものは、管理人が自殺したと思うことだろう。
当然エンドウは自殺でないと判断するが、密室トリックを見破れなければ僕が犯行可能だと指摘することはできないのだ。
誰にも犯行が不可能な不可能殺人の完成である。
惜しむらくは、自殺に見えるような殺し方ができればよかったのだが、まあ僕はミステリー作家であって殺し屋ではないのだ。
トリックを考えるのが専門で殺しは専門外である。殺せただけ上出来だろう。
そんなことを考えながら作業を続けた僕は何とか制御機械への細工を終える。
休憩する間もなく僕は浴室の換気扇を全開にし、浴室の入り口の扉を開けておく。
入り口の扉はぶち破った際に鍵が壊れたと言い訳が立つように工具を使い鍵がかかった状態で壊しておく。
本来なら死体を発見される危険性を考えるべきところだが、僕の二回目の犯行時間までこの舞台には誰もいない状況だ。
念のために温泉施設のロビーの扉の鍵を管理人が持っていた鍵を使い施錠しておけば次に僕がここに来るまで殺人が発覚する危険はない。
時刻を見れば22:38。ぎりぎり間に合った。
トリックには自信があったがやはり実際にやるとなると手間がかかるな。
推理小説で扱うようなトリックは実際にやってみると思いのほか手間取るというのは有名な話だがその通りだった。
ミステリーの犯人役の気苦労が知れるというものだ。
後は二度目の犯行時刻で密室を完成させるだけだ。
僕はひと段落付いた安堵からホッと息をついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます