第四話 VS 烈火の探偵 犯行編④
●??:?? 自室
アバターの周囲に展開されていた黒い空間が、木造の壁に囲まれた部屋へと切り替わる。
広さは5畳半といったところだ。
ウィンドウを確認すると“自室” と表記されている。
ここが僕の部屋。プレイヤーの初期位置にあたるわけだ。
となれば先ほど交換したアイテムがこの部屋のどこかに置かれているはずだ。
僕は部屋を見渡す。
調度品はベッド、机、いす、クローゼットと最低限のものがあるだけだ。
部屋には出入口となる扉が一つあり、部屋の対面となる位置に窓が一つある。
窓の鍵は一般的なクレセント錠だ。側面にポッチが付いており二重鍵となっている。
扉の鍵はいわゆるスライド式のもので内側からしか鍵はかけられない。
寒冷地のため窓や扉は密閉性の高いものが使われており、いわゆる『糸や針金』を通せる隙間はなさそうだ……うん。部屋に入っていきなり扉や窓に細工の余地がないか確認するのは別に何らおかしな行動ではないよな。
これはミステリー作家として当然の行動だ。
何も間違ってはいないはずだ、うん。
ついでに部屋には窓と扉以外脱出口となりうる箇所は無いことも明言しておこう。
僕はアバターを操作し、机へと近寄る。
机の上には僕がポイントで交換した果物ナイフ、リュックサック、懐中電灯、工具セットが置かれていた。
机の上のアイテムをリュックサックの中に詰め込むとクローゼットの中に押し込んでおく。
クローゼットの中にはタオルと浴衣のセットが入っていた。
僕はその中からタオルを数枚取り出すとリュックサックへと詰め込んだ。
今から行われるのは食堂での強制イベント。
夕食兼、参加キャラクターの顔合わせだ。
外に出る予定もないのにリュックを背負っていくのは不審者の行動だ。
この段階で怪しまれる行動はすべきでない。
そう。ゲームはすでに始まっているのだ。
犯行を行う前から対戦相手であるエンドウに目を付けられるわけにはいかない。
逆にこの顔合わせでエンドウを特定するぐらいやるべきだろう。
僕は気合を入れ自室を出た。
●17:30 食堂
食堂の中央には大きな長方形のテーブルが置かれていた。
長辺に4人、短辺に1人腰かけることができ、現在その周りに置かれた10の椅子全てが埋まっている状態だ。
それぞれの人物の前には暖かそうなスープや料理が並んでいる。
僕は自身のアバターである機械技師の女性を操作し食事を摂る。
そう、僕は女性のアバターを作成していたのだ。
容姿も変えてあるし外見で対戦相手が僕をプレイヤーであると断定することは不可能だろう。
ちなみに自室にいる際にはアバターの容姿に触れなかったが別段叙述トリックを仕掛けようとかそういう意図はないので安心してくれたまえ……ただ、描写を忘れていただけだ。
すでに食事は始まっており、他の人物も夕食を摂り始めている。
黙々と食べる者、仲間同士で話し合う者。
さすが最高性能のAIにより操作されるアバターといったところか。
真犯人オンラインのプレイヤーを除く人物や、システムは高性能AIにより制御されている。
そもそもミステリーというのは犯人が構築したトリックや、探偵の紡いだロジックをシステム側が理解しなければ成立しない。
それを理解し、状況の変化に合わせ勝敗の判定を行うAIは超高性能のものでなくては務まらないのだ。
そして限定的な空間内とはいえAIの操るアバターはその言動やしぐさが普通の人間と見分けがつかない。
仮に違和感があったとしてもそれがプレイヤーによるフェイクでないとは断定できないのだ。
この中から対戦相手であるエンドウのアバターを探すのは骨が折れそうだ。
ちなみに各人物にはゲーム開始時にこの舞台を訪れた理由が自動生成される。
僕の場合は週一で温泉設備の点検に来る専属の技師ということになっている。
発言や行動に矛盾を感じさせないよう注意が必要だ。
僕は集まった10人を見渡す。
今回この山荘内にいる人物の内訳は『山荘の管理人』、『父・母・息子の家族での旅行客』、『高校生の男女の旅行者』、『男女の登山客』、『一人で宿泊する男』、そして僕のアバターである『機械技師の女』の10人だ。
山荘の管理人であるスーツ姿の男性が今回の僕のターゲットだ。
年齢は40歳前後。恰幅の良い体型であり、殺すには手間がかかりそうだ。
彼は全体を見守りつつ食事を口に運んでいる。
父、母、息子の構成である家族旅行客の三人は身内同士で話が盛り上がっているようだ。
親が30代、子供が中学生といったところか。
父親は線の細い長身、母親は小柄で少しふくよかな体型だ。
子供は中学生の中でも身長は小さいほうにあたるだろう。
自分で設定しない限りゲーム開始時の肩書はランダムだ。
連れがいるからと言ってプレイヤーでないとは言い切れない。
それが子供であっても同様だ。
高校の制服を着た男女のペアは若さ溢れる溌溂とした笑顔を浮かべて話に夢中になっている。
男子学生は黒い学ランを着ている。女子学生はセーラー服を着て、頭には赤いリボンをつけている。
僕が高校生だったのは何年前のことか。
僕であれば恥ずかしさから選べないアバターの姿であるが、エンドウは実年齢で高校生だ。
当然、油断はできない。
黙々と食事を摂るのは室内だというのに丈の長い灰色のコートを羽織る大柄の男性だ。
ロングコートに隠れ体型は分かりづらいが体つきは筋肉質だ。
電脳空間でも現実同様に筋力はアバターの体格に比例し変化する。
殺人に向いた力の強そうな体つきである。
いかにもという感じの登山服を着こんだ男女の二人組は先ほどここに到着したばかりの登山客だ。
まだ杖やリュックなど登山道具を持ったままであり、突然外が吹雪いてきたために到着が遅れ夕食時刻のぎりぎりになったそうだ。
男性は中肉中背の体型で眼鏡をかけている。
女性は170㎝ぐらいと比較的長身である。
男子学生と女子学生の高校生ペア。
眼鏡の男と長身の女の登山客ペア。
ロングコートを羽織った大柄な男。
線の細い男、小柄な女性、中学生の三人組の家族旅行者。
山荘の管理人である僕のターゲットの男性。
そして、僕のアバターである機械技師の女性を含めた10人。
この中にエンドウとそのターゲットが含まれているわけだ。
僕は周囲を観察しながら黙々と食事を摂っていた。
当然僕はアバターを見ているだけで食事の味などはしないのだがエンドウからみられている以上、何もしていないのは不自然なためだ。
本来であれば疑われないために隣に座っている人物と会話すべきなのだろうが……うん。コミュ障にはハードルが高すぎる。
いくらNPC相手とは言え話が続くとは思えない。
事件が発生してしまえば事件について話すこともできるだろうが、今はぼろを出さないように黙っておくのが正解だろう。
……別に会話から逃げているわけではないのだ。
「皆さん。落ち着いて聞いてください。山の中腹あたりで雪崩が起きたようで、ここと地上をつなぐ唯一の道である登山道が雪の下に埋まってしまったそうです」
食事を続け5分程立ったあたりで電話対応に席を立っていた管理人が食堂へ戻ってきてそう告げる。
「そんな! この山荘は大丈夫なのですか?」
女性登山客が声を上げる。
「はい。この山荘周囲は雪崩が起きる心配は無いようです。雪の降りも今は止んでおり明日になれば道路復旧のめどもつくかと思います。ただし、道路の復旧には時間がかかる可能性があります。宿泊費は私共が持ちますので皆さんには申し訳ありませんが道路復旧まで、ここにお泊りいただくことになります」
管理人の言葉にざわざわと山荘内は喧騒に包まれる。
「仕事があるから明日には戻らないといけないのに困ったな」
「私も友人との約束があるのだけど」
「僕は楽しいからへっちゃらだよ」
困ったように声を上げる家族旅行客の父親、母親。
子供はあまり事態を認識していないのか楽しそうな声を上げている。
「下山ルートは登山道以外にありません。ご予定がある方はキャンセルしていただくしかないでしょう」
「うう。まあ、自然災害相手じゃ仕方ないですよね」
他にも何人かから不満の声が上がる。
とはいえ、原因が自然現象であり山荘の管理人にも宿泊費を負担するといわれては従うしかない。
すぐに声は落ち着いた。
「食料は大丈夫なのですか」
「はい。食事も災害用に一週間以上提供できるだけの備蓄はあります。今日はこのままお休みください」
最後に管理人が声をかけその場は解散となった。
時刻はちょうど18:00を指すところである。
画面が暗転する。
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