第2話 不可思議な日常

少女は雑居ビルの非常階段をだるそうに降りて行くと、開け放たれたままの裏口のドアから外に出た。

外は薄暮の情景が映し出されていて、仕事を終えて帰宅を急ぐ会社員もいれば、これから遊びに出るような若者の姿もある。

「・・・いつになったら会えるのよ。・・・嘘つき」

少女はそのまま歩きだし、近くにある駅に向かった。

帰宅ラッシュに入ったようで乗降客が多く、揉まれながらも電車に乗ると、五つ先の駅で降りる。

そこから自宅までは徒歩でも10分もあれば到着できる距離にあり、少女は虚ろな瞳のまま歩き続けると、同じような住宅が立ち並ぶ一角に出た。

同時期に建てられた建売住宅の場合、同じ建物ばかりがある場所の光景を見ることがある。そのような場合は不慣れな人は迷ってしまうこともあるが、少女は慣れた足取りで一見の家に向かった。

「ただいま」声をかけて家に入ったが、声は返って来ない。

誰もいないのかと思ったが、台所のテーブルで一人の女性が座って夕食の支度をしていた。

「お母さん、帰ったよ」

この女性は少女の母親であったが、少女の言葉が聞き取れないのか顔を上げることもなく、必死でさやえんどうの筋を取っている。

少女は待っていても声が返って来ないことを知っていたため、そのまま悲しそうな表情で自分の部屋がある二階に向かった。

その途中で仏壇のある部屋の前を通らなければいけないのだが、少女はこの部屋の前を通るのが嫌だった。

その理由はこの仏壇に飾られている写真を見たくないからだ。

二階には二つの部屋があるが、どちらも長く使われていた形跡が無い。

一つは少女の部屋であり、もう一つは姉の部屋だったが、姉は二年前に12階立てのマンションから飛び降り自殺をしていた。

もう一方は少女の部屋だったが、姉がいなくなってから少女は自分が生きているのか死んでいるのかわからなくなっている。

それは大好きだった姉が突然にいなくなったことで、自分の存在理由を失ってしまったからだと判断していた。

いつものようにベッドに倒れこむと、そのまま眠りについた。


三時間後、父親が帰宅したきた。

「ただいま」

「お帰りなさい」

父親の声に今度は母親は反応し、そのまま夕食になる。

食卓には二人分しか用意されておらず、二人は特に気にする様子がないまま食事を始めた。

少女は下から聞こえる話し声で目覚め、父親が帰宅したことを知った。

「また、私抜きで食べているのか。あ、いいけどね」

少女は再び眠りに入った。

少女は霊魂を除霊すると酷く疲れるため、何もせずに眠り続けることがある。

このような生活は姉が自殺した直後から始まり、今日まで続けている日常になっていた。

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ゼロの狂奏曲 @nayru9936

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