さよなら。どうか僕を忘れても――

「なん、で……」


僕は目の前の光景がまるで信じられなかった。

なんで、なんでっ!

なんで美緒が居るんだ!やっと振りきれたと思ったのに!やっと決意が出来たのに!


――なんでっ……!


だいきはやっと思いで固めた決意がボロボロと雪崩のように崩れていくのを感じた。


「だいき!何してるの!?」

「っ!」


全身汗だくの疲労困憊といった様子の美緒に、だいきは今すぐ駆け寄って抱き締めたい感情に駆られる。

しかし、だいきの決意の崩壊はすんでの所で踏み止まり、だいきは美緒から視線を外して目の前の地母神へと向かい直し大声で言った。


「早く!早く【命分け】を終わらせてください!美緒が僕の所に来る前に!!!」


苦渋と涙にまみれただいきの表情に、地母神は一歩後ずさる。


――女子おなご呼び寄せたが、面を合わせても意思は変わらぬか‥‥‥。


 地母神はわざと美緒を呼び寄せ、だいきの決意を揺さぶろうとした。

 その理由は明白であった。


――その程度で揺らぐ決意ならば、この男は必ず後悔するじゃろうて。


 地母神は知っていた。

 【命分け】をつかった人間の末路を――。


 最愛の人に忘れられ、余命を待たずして自ら命を絶った男。

 ”忘れられる”意味を深く理解しなかった馬鹿な女。

 自殺が怖く、あえて【命分け】と使ったいじめられっ子の少年。

 妻の為に、たった2年の命を譲渡した老人。


 地母神はずっと彼ら彼女らを見ていた。

 そして―――後悔した。

 【命分け】を使った人間の末路は、過程は違くとも皆終点は同じだった。

 

 諦めたのだ―――――生きる事を。

 

 誰一人自分を覚えていないという恐怖に、どうしてあらがえようか。

 

 最愛の人に忘れられる辛さに、どうして抗えようか。


 

 無理なのだ―――。

  

 最初地母神は【命分け】を使いたくなかった。

 もう忘れられた人間を見たくなかったのだ。――いや、見られなかったのだ。

 

 しかし、少年の真っすぐな瞳にあてられてしまった。

 見た事無いような澄んだ瞳に、地母神は自然と息をのんだ。

 元々は、昔誰一人手入れせず忘れられた神社を掃除してくれたお礼をしようと考えていた。だがまさか少年の近辺にそのような事が起きていると思わなかった地母神は、思わず【命分け】を提案してしまっていた。

 

 【命分け】を使ったが最後、絶対に後悔すると分かっているはずなのに――――。


「早く!!!!!」

「っ」

 だいきは喉がカラカラになるまで叫んだ。


―――どちらにせよっ、もう後戻りは出来んのじゃ!


 地母神は揺らぎそうな思いを律し、そして決意した。

 だいきの赤黒く光っている胸に、再び飛散している光は収束しだした。


「だいき!まって!!」

「っ……美緒ぉ‥‥‥」

「行かないでだいき!!!」




 美緒は泣き叫ぶ。


 だいきは泣き笑う。


 


「さよなら。どうか僕を忘れても――――」



 そして光は、一瞬にして消えた。

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