【命分け】の代償ー②

「では‥‥‥良いかの?」


 地母神の問いに、僕は大きな息を吸って、そして吐いた。


「はい、よろしくお願いします」

「‥‥‥分かったのじゃ」


 震える声を自覚しながらも、だいきは決意した。

 

「もっと近うよれ」

「はい……」

「今から妾がお主の≪魂の回路≫に直接干渉するのじゃ。最初はちょっぴり痛みが来るが、最初だけじゃ」

「わ、分かりました」


 ≪魂の回路≫という全く意味の分からない単語にだいきは頭にクエスチョンマークを浮かべるが、今さら考えても意味はないとすぐに一蹴した。


「最後にもう一度聞くのじゃ。‥‥‥【命分け】をしたが最後、やり直しなんぞ都合のいいものは存在しないぞ?それでもよいかのぉ?」

「‥‥‥はい。僕の決心は変わりません」

「そうかぇ‥‥‥」


 地母神は酷く悲しい瞳を宿した。


「では‥‥‥ゆくぞ」


 地母神はゆっくりとだいきの胸に手を当て――――

 

「っ……!?」

「我慢するのじゃ」


 い、痛いっ!全然ちょっとじゃないじゃないか!物凄く痛い!

 胸の奥を刺さられるようない痛みに、だいきは悶絶する。

 だがその痛みは数秒。

 次第に痛みは引いていった。


「はぁはぁはぁ……あ、あれ、痛く、ない?」

「黙っちょれっ!」

「は、はい!」


 だいきは地母神の緊迫した声にたじろく。

 胸の痛みで気づいていなかったが、地母神の小さな手が置かれている自分の胸を見てみると、そこにはがあった。

 

「っ!?」


 なんだこれは!?僕の胸が光ってる!?

 赤黒く光る胸は段々とその輝きを増していき、次第には神社の周囲一帯を照らしていた。


 その時―――。 


「なっ!?どういう事じゃこれは!?」


 地母神は目を見開き、その小さな体に相応しくない大きな声で叫んだ。


「ど、どうしたんですか‥‥‥?」


 だいきは固まったまま動かない地母神に問いかける。

 だが――


「そんなはずは……ないのじゃ。まさか、あり得んのじゃ‥‥‥」

「地母神、様?」


 どうしたんだろう……?僕何か不味い事したかな…‥?でも僕は胸の痛みにも耐えたし、ただ突っ立ていただけだし‥‥。

 だいきは目を見開いたまま、うわ言の様に疑問を繰り返す地母神に不安を抱いた。

 そしてその不安は当たっており、地母神はただ唖然と繰り返していた。


――この小僧、もしやして‥‥‥。


「‥‥‥お主にとって”命”とは、なんじゃ?」

「え?」


 やっと口を開いたかと思うと、地母神はそんな事を聞いてきた。

 なんで、この状況でそんな質問をしてくるんだろう‥‥‥?でも、地母神の顔を見るに真剣なんだろう。

 さっきの大声の原因も分かるかもしれないから、僕は地母神の質問に答えた。


「‥‥‥”命”とは人が生き長らえる時間、だと思います」

「‥‥‥」

「どう、しました?」


 まただんまりを決め込んだ地母神。

 

「‥‥‥嘘じゃろ」

「え?」

「お主は嘘を言うちょる。お主が今言うた事が本当ならば何故”命”の代償が≪容姿≫になるんじゃ!」

「‥‥‥?」


 だいきは地母神の言ったことがいまいち理解できなかった。


「本来ならばっ、”命”の代償は≪生命≫となるはずなんじゃ!だのに、だのにどうしてお主は≪容姿≫なんじゃ‥‥‥。このような代償は、見たことが無いのじゃ」


 地母神は驚きを越した感情で呟く。


「≪容姿≫が代償‥‥‥?」


 意味が‥‥‥分からない。

 ”命”の代償は命じゃないのか‥‥‥?


「‥‥‥ああ、そうじゃ。今お主の≪魂の回路≫を調べて分かったのじゃが、どういう訳かお主の代償となり得るは≪容姿≫とあった」

「‥‥‥」

「本来、この【命分け】という方法は、”対象が最も大切にしているもの”を”命”として、代償と置き換えるのじゃ。人間はどれだけ他者を愛していると言うても、心の奥底では自分の≪生命≫が一番大事と思おちょるのじゃよ。‥‥‥だのに、どうしてお主は―――≪容姿≫なんじゃ」

「そ、それは‥‥」

「‥‥‥簡単なことじゃ。お主が自らの≪生命≫より≪容姿≫を大切にしておるということじゃ」

「っ!」


 だいきは否定しようとした。

 だがそれをするにしては、あまりにも


「ぼ、ぼくは‥‥‥」

「‥‥言わんでよい」


 だいきは小さい頃から自分の≪容姿≫に酷く劣等感を抱いていた。

 隣にはいつも2人の完璧超人――美緒と翔――がいて、だいきは日々自分がこの美男美女の隣を歩いていていいのだろうかと考えていた。


――僕は邪魔な存在なんじゃないか。

――僕はこの2人に相応しくないんじゃないか。

――美緒と翔は容姿が優れていない僕を疎ましく思っているのではないか。



――僕の≪容姿≫がもっと良ければ、僕は2人の隣にいてもいいんじゃないか。



 実際には美緒と翔はそんな事は思っていない。

 だがだいきにとってこの≪容姿≫という課題は最大で最難であった。


 だからおのずと、だいきにとっての”対象が最も大切にしているもの”が≪生命≫ではなく、≪容姿≫へと変化してしまっていたのだ。



「‥‥‥先程も言うたが、もう、後戻りはできないのじゃ」

「‥‥‥はい、分かってます」


 60年分の≪容姿≫が代償‥‥‥。

 ぼくは、一体どんな容姿になってしまうんだ‥‥‥?どんなに醜い顔になってしまうんだ? 

 ううん、だめだ。考えたらだめだ。僕はもう決めたんだ。美緒の為に何だってするって。だから僕の容姿がどれだけ醜くなろうか関係ない。


 だいきは再び、決意した――。


「僕は逃げません。だから、お願いします」

「‥‥‥そうかぇ」


 そして地母神も再び、決意した――。


「ゆくぞ‥‥‥」



 そして地母神がグッと手に力を籠め、赤黒い光をだいきの胸に集結した瞬間――。





「だいきっ!!!!!!」



――――最愛の人の声が、僕の耳を通り抜けた。

 

 



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