【命分け】の代償ー①

「ふむ、そうか。お主に覚悟あるならば、妾は何も言わん」


 地母神は瞳に憂いを帯びながら、目の前のだいきを見据えた。


 あぁ‥‥‥これから僕は、命を譲渡するのか。

 なんだか、実感が湧かない。ロリバ――地母神は、だいたい60年分くらいの”命”を譲渡すれば、美緒は助かると言っていた。

 だから多分、大丈夫なのだろう。


「大丈夫、大丈夫」

「‥‥‥」


 だいきは自分に言い聞かせるように「大丈夫」を繰り返す。


 なぜ大丈夫なのか。

 この【命分け】というあまりに突飛した話を前にして、だいきは寸分の疑いもの無く信じ切った。

 それは極度のストレスからくる、所謂自暴自棄状態に近いかもしれない。

 を見つけ、必死にしがみつく。

 だいきの今の状態は、それに近い。

 美緒を心の底から大切に思っているだいきには、現状を客観的に見るだけの余裕が無かった。

 

 なんでもいいから、美緒を救いたい。

 

 自分を犠牲にすることすら厭わないその姿勢に、地母神は神という立場に居ながら畏敬の念と若干の哀れみの念を抱いた。

 

―――あぁ、この小僧はあの男に似ておるわ‥‥‥

 

 地母神は、妻の為に”命”を差し出した男を脳裡に思い浮かべる。 


「その女子おなごに言い残したことは無いのかぇ?」

「‥‥‥ありません」

「‥‥‥」


 あまりにも下手すぎるその嘘に、地母神ははぁとため息をつく。


「今会いに行ったら僕は―――」

「‥‥‥」


 ――絶対に決心がつかなくなる。 

 

 絶対に、それだけはだめだ。

 美緒の為だったら、僕はなんだって出来る気がする。だけど、だけどそれでも、美緒が僕の事を忘れるという事実が、途方もなく僕の背中にずっしりと圧し掛かってくるんだ。

 美緒が僕を忘れるなんて、未だに信じたくないけど、地母神が言うからには恐らく本当なのだろう。

 正直、逃げ出したいと思ったことは‥‥‥あった。

 でも、今日の美緒の笑顔を見て、そんな不安は一気に流されていった。

 僕と美緒とかけると行ったテーマパーク。本来なら美緒との2人きりのデートの予定だったけど、無理やり翔に同行してもらった。翔は最初は嫌がっていたが、その顔は決して嫌悪の顔ではなく、思いやりの顔だった。

 多分、翔は優しいから、美緒と僕の二人きりのデートを邪魔したら悪いと思っていたのだろう。


 あの日、僕が美緒と付き合うと翔に教えた日。

 翔は真剣な目で僕にこう言った。


「‥‥‥だいき。俺今、めちゃくちゃ悔しいっ…」

「‥‥‥うん」

「正直、俺の方がだいきより何倍も美緒の事好きだと――いや、愛してると今でも思ってるよ」

「うん……」


 翔は握りこぶしにギュッと力を籠め、僕を睨んでいるのか羨ましんでるのか分からない目で見てきた。


「‥‥‥でもよ、不思議とだいきなら―――認めたくなる」

「‥‥‥」

「お前がどれだけ良い奴で、どれだけ美緒と俺を助けてくれたかは、俺が一番知ってる。」

「あ、ありがとう…」

「だいきなら、美緒を任せられる」


 うん。僕も今、確信したよ。


「……はぁ、正直言うと、気付いてたけどな」

「え?」

「美緒が好きなのは、だいきだってな」

「そう、なの?」

「ああ、美緒の心の中にはいつだってだいきがいた。授業中も、休み時間も、一緒に遊ぶ時も、美緒はいつだって俺じゃなくてだいき―――お前を見てたよ」

「‥‥‥」


 だいきは唖然とする。


 それは‥‥‥知らなかった。

 僕たち3人は運よく同じクラスで、そして僕は運悪く一番前の席だった。

 だから、一番後ろの席で隣同士の美緒と翔を視界に入れる事は難しかったんだけど……。


「だいき、美緒泣かせたら許さねーぞ?」

「ああ、もちろん」


 頼むよ、翔。


「適当な事してるとすぐ美緒の事奪っちまうからな?」

「うん……」


 君なら―――翔なら、安心して美緒を任せられるよ。


「言っとくが俺は、諦めた訳じゃないからな!」

「ふふっ……うん」

「本気だからな!」



 僕を忘れても、どうか――――


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