4.エンドロールのその後で

4-1

 その日、帝都中に激震が走った。

 

 国王陛下による宣告。

 議会制度の設立と、王政の廃止。

 それにより、今後スリザールは共和国と名を変え、誰か一人の人間を冠に掲げることなく、人々が助け合って生きていく国を目指す、と。


 聖陽教はこれを支持し、騎士団もまた、近衛師団を解体。

 慌てふためく大臣たちはそれぞれの権益を死守することに血眼だったが、その辺りの勢力図の調整は既にミソノ様とレンタロウ様によってなされた後だ。

 今後、彼らは王宮にて行政としての役割を担うが、その権能を保証するのは国王ではなく二つの議院になる。そして今のところ、それで不利益を被るような貴族は王宮には残っていない。

 よくよく仕組みを理解してしまえば、彼らにとっても都合の悪い話ではなかった。


 正直、もう数年は荒れるだろう。

 この国どころか、近隣の国においてすら前例のない改革だ。

 既に、我こそは王家の血筋を引くものなりと名乗り出る不届き者もちらほらと出始めており、対応にも苦慮させられている。そういった輩を根絶やしにすることは難しかろうが、抑え込むことに無理はないだろう。


 御触れこそ唐突に出された形だが、準備はしっかりとできていた。

 改革自体はゆっくりとだが、確実に進めていけるだろう。

 だが、先日来より我々の頭を悩ませていた問題が一つ、ここにきて却って顕在化していた。


 それが――。



「どうしたものかな、メイド長」


 騎士団総団長――ルシウス・アイザックスの去就についてだった。


「どう、と申されますと……?」


 久しぶりに彼から呼び出しを受けたところ、執務室にてやけにすっきりした机の奥に座る彼が、曖昧な微笑みと共に茶を勧めてきたのだ。

 深く皺が刻まれ浅黒く焼けた肌に、短く刈り上げられた白髪グレイ・ヘア

 元より無駄な肉などついてはいなかったが、最近は心なしか頬がこけてきたように見える。


 無理もない。議院制度の柱である二院の一つ、騎院の長をどうするか。当然現総団長である彼が順当に務めるのが筋だが、では彼がそもそも総団長に相応しいのか、今こそ救国の英雄にその座を譲るときではないかと、話をややこしくする連中が活気づいているのだ。


 机を挟んで着座した私に、総団長は唐突にこんな質問をしてきた。

「メイド長。君はレギュラス・グレイとは面識があったそうだね」

「はあ……」


 今となっては、遥か昔のことのように思える。

 ミソノ様の用意する書類に埋もれて髭をしごいていた傭兵の長。

 暗紅色の魔導花。

 白濁した目から流れ落ちた涙……。


「彼が以前に騎士団に所属していたという話は?」

「仄聞しております」

「私は、あれの上役だった」

「そう、でしたか……」


 それはつまり、彼を辺境の地へ左遷させたのは、自分だったと言いたいのだろうか。

 だが、なぜ今そんな話を?


「なあ、メイド長。例えばの話だ。青雲の志を抱いて騎士団の門戸を叩き、一兵卒から戦功なり武勲なりを立てて、分隊長、隊長、師団長と成り上がり、ついには総団長へと上り詰めた男がいたとしたら、彼は自分の地位を誇りに思うだろうか?」

「私には分かりかねます」

「では、家の都合で近衛師団に入り、同僚を出し抜いて上司に取り入り、その上司を追い落とし、血に塗れた金貨で地位を贖ったものが、自らの立場を脅かすものに出会ったとき、彼はどうすると思う?」

「どうなさるのですか?」


 総団長の顔は、不自然なほど穏やかだった。

 疲労も溜まっているのだろう。ここ数日というもの、彼の多忙ぶりは王宮の官僚たちですら舌を巻くほどだった。

 疲労というものは、ある境を超えると、人の顔から厳を取り去るのだ。


「私はね、メイド長。この椅子に座るまで、ありとあらゆることをしてきたよ。レギュラスは馬鹿な男だった。あんな男は、いくらでも蹴落としてきた。剣だって鍛えてきたさ。金で地位を買ったからこそね。青く燃える眼差しを持った男たちを、何人も打倒してきた。今この瞬間に騎士団の誰が襲い掛かってこようと、退けられる自信がある」

「さようですか」

「だけどなぁ、メイド長。率直に聞かせてくれ。剣一本互いに持って私とウシオ君が闘って、私に勝ち目があると思うかね?」

「三合防げばあなたの勝ちというルールにしては?」

「ふっ。はっ。はっはははははは」


 腹を抱えて笑い出した彼が落ち着くまで、私は茶を一服し、少し部屋を見渡してみた。

 総団長の執務室と言えば、常に人が出入りし、慌ただしく書類が出し入れされていたものだが、今は随分と落ち着いている。


「いやはや。メイド長。ぜひそのルールを、私の退陣を望むものたちに含ませてくれないか」

「あなたは、どうされたいのですか?」

「私かね? どうもこうも。さっきも聞いただろう、どうしたものかね、と? 私の望みなど、もう塵ほどの価値もない。だが、そう考えたとき、ふと思ってしまったんだよ。私はそもそも、何故総団長などやっていたんだろうか、とね」

「自ら望んで得た地位ではないと?」

「いいや。宿願だったよ。最初は惰性だった。だが、途中からは必死だった。正直、ウシオ君にこの職責が果たせるとは私も思っていない。だが、では私自身が総団長に相応しいのかと聞かれて、私は是とする根拠を自分の中に見出せなかった」


 そんなことは、ないだろう。

 家格。武力。経験。智謀。どれをとっても、彼が総団長に相応しくない理由にはならない。事実、戦時中にも彼の統率力や判断力には大いに救われた。だがきっと、彼が言いたいのはそういうことではないのだろう。


「いや。すまなかった。メイド長。君に、こんな話を聞かせるべきではなかったな」

「いえ」

「私もこの数日で少々疲れていたようだ。愚痴を零す相手を探して、君しか思い浮かばなかった。許してくれたまえ」

「いいえ」

「じきに決着も着くだろう。遅くとも湖の狂い花が散る頃には」

「何か、状況に動きが?」


 私の問いに、総団長はまた曖昧な笑みを浮かべて答えた。


「実はね、最後の合戦場跡に、大規模な魔力の湧出が確認された。至急教会に地鎮を依頼してはいるが、恐らくは魔獣の発生のほうが早いだろう。龍種とまではいかないだろうが、脅威度は高いと見積もっている。そこでまたウシオ君が武勲を上げでもすれば、いよいよ私の威信も底に届くだろう。ああ、ミソノ君にもまた存分に采配を振るってもらわなければな。教会の方も、すっかり彼女に掌握されているのだろう?」


 私がそれに適当な返答をすると、彼はようやく私を解放してくれた。

 なんだろう。愚痴を聞いて茶を飲んだだけで終わってしまったのだが、よかったのだろうか。


 まあ、良いも悪いもない。

 彼はすっかり覇気を失くしてしまったらしいが、一つだけ、彼は三悪党スリー・アウツについて思い違いをしている。それをその場で指摘するのは容易だったが、実際に体験してもらったほうが理解が深いだろうと、あえてそのままにしておいた。


 魔力の湧出も魔獣の発生予測も、当然ミソノ様は彼と変わらぬタイミングで情報を仕入れていたし、ウシオ様にもレンタロウ様にもそれは伝わっていた。

 それは騎士団内部にも、教会内部にも広く浸透し、彼らが出撃する直前には巷間にも話が広まっていたほどだ。


 みな、期待していた。

 救国の英雄、勇者と聖女。その活躍を。

 そう。みなが誤解していたのだ。


 三悪党に関わったもので、自分だけ楽ができるものなど、一人もいないということに。


 戦場に残された魔力を糧に、予測通りに現れた強大な魔獣の群れ。その討伐。

 騎士団と僧侶たちが一丸となって立ち向かう国の一大事。


 それを。


 勇者と聖女は、逃げ出しバックれたのだ。

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