3-2
「第七王女の懐柔は上手くいったようですね」
「うん。色々溜め込んでたみたいだしね。メイドたちにも心許してくれたし」
レイブンクリューからの刺客による誘拐事件(仮)の翌日、私は王宮秘奥の室にて、レンタロウ様に茶を給していた。三悪党と私のみが入ることのできる部屋に、今は私とレンタロウ様の二人きりだった。
最近私と二人でいるときは、なんの演技をすることもなく、例の表情を失った虚ろな顔で話すことが多い。
「それより、サっちゃん。ホントに怪我とかなかった?」
「ええ。例の頭領が気を利かせてくれたようで」
「ああ。あの人ね。生きてたのも驚きだけど、まさかあの人が田舎でスローライフなんて言ってるとは思わなかったよ。僕らと別れた後も苦労したんだろうな」
以前聞いたことがあった。
彼らがこちらの世界に流されて間もない頃、まだ言葉も覚える前の時期に、ジオバーナ領主と癒着していた山賊組織に捕まり、奴隷労働をさせられていたことがある、と。
彼らがその環境を逆に利用し言葉を覚え、さらには内部から徐々に切り崩し組織自体を牛耳ったところで、国土北部を襲った潮害によって山賊稼業を続けられなくなり、それぞれ離散していったそうだ。
なるほど、あの頭領の忌々し気な顔にも納得できる。
ただ、流石に日も沈みかけた時刻から都を出ることもできなかったのだろう。昨日は宿に一泊し、ウシオ様と酒を飲み交わしたようだった。
彼が私に求めたことは一つだけ。ミソノ様に彼の情報を渡さないようにすることである。
『あの悪魔みてぇなクソガキが聖女だ? この世の終わりだな。もうこの国も長くはねえだろ。いいか。俺はもう荒事はゴメンだ。今回みてぇなことはホントに今回限りだ。今後何があっても絶対に俺に関わろうとするなよ』
素行や過去はともかく、彼の能力は惜しいものだったが、自ら望んで平穏を手に入れようとするものを無理に巻き込んでは、私にとっても道義に悖る。
彼はもう、ゴールしたのだ。何もかもを失くして。
「そういえば、レンタロウ様。内通者の特定はできたのですか?」
「え? 言ってなかったっけ? あの子だよ、イヴリン」
「……そうですか」
今、王宮内では大規模な人員の入れ替えが行われている。
戦前に国王陛下が侍らしていたメイドたちに、別の仕事を与えるようになったのだ。
元より借金のかたに無理やり娼婦紛いの仕事をさせられていたものも多い。その借金相手が戦時中のゴタゴタでいなくなったり、もう借金も返し終えたものたちにまで、今の仕事を続けてもらう必要もなくなった。
家に帰るものもいれば、王宮内で官僚の仕事に就くものもおり、逆に手の足りなくなった場所への補充も行っていたのである。
「身元の調査はさせていたはずですが……。申し訳ありません」
「あ、ううん。ゴメンゴメン。僕の方で勝手に雇い入れちゃったんだ。スパイなのは分かってたから」
「は?」
「怒んないでよ。ちょっとだしに使わせてもらおうと思って」
「ミソノ様は良いことを言っていましたね。報告・連絡・相談」
「ごめんて」
昨日の騒動で捉えたレイブンクリューの刺客の生き残りに尋問を行ったところ、先日来続いている騎士団総団長とウシオ様をぶつけようとする動きには、グリフィンドルも一枚噛んでいるらしいことがわかった。
どうやら王宮内に潜り込まれているらしいことまでは絞り出せたので、不本意ではあるが、その精査をレンタロウ様にお願いしていたのだ。
だが、まさか獅子身中の虫を獅子自らが咥えこんでいたとは。
まあ、どうせいつも通りに上手くことを収める自信があるのだろう。
どの道事態がここまで進んでしまっては後から口を出してもしょうがない。
「大丈夫だって。総団長の件とか婚約者の件とか、そろそろ片づけたいしね」
さらりと口に出されたその言葉に、またしても気分を重くさせられる。
ちなみに、なぜ今になってメイドたちの解体に着手しだしたかというと、理由はもう一つあるのだ。
それが、国王陛下のお世継ぎ問題なのである。
それは、数か月前。戦争は優勢に傾いていたものの、まだ決定的な勝利を得られていない頃のことだった。
『ねえサっちゃん。国王様ってさ。婚約者はいなかったの?』
そのときも、例によって彼を相手にこの部屋で茶を給していた。
静かにそれを飲むレンタロウ様から、そんな問いかけが発されたのである。
その問いは、言葉以上に重い意味を持っている。ただ、その話もいつかしなければならないだろうとは思っていた。
婚約者。いたことはいた。だが、陛下は数年前の政変の折、立太子をする間もなくほとんど無理矢理玉座に座らされたという経緯がある。
本来彼に嫁ぐはずであった伯爵家の長女は、当時既に大臣たちの手で大いに増長させられていた陛下から些細なことで不興を買って婚約破棄。
そんなことがあってしまえば、では私の娘を、などと申し出る貴族家などいるはずもなく、みな陛下が適当に孕ませた子を次の王に祭り立て、早々に陛下を排する算段であった。
私はそれを察し、メイドたちの体調を綿密に管理し、決して不慮の事態が起きないようにスケジューリングをして夜伽を回していた。
そんなことを何年も続けて不審がられないはずもなかったが、肝心の陛下に子供を授かろうという気がほとんどなかったことも幸いし、なんとか綱渡りは続けられていたのだ。
今思えば、陛下も薄々気づいていたのかもしれない。子など作ってしまえば、自分がそうであったように、早々に自分の子に今の地位を乗っ取られるだろうことを。
だが、今ならば状況は全く違う。
今の陛下は救国の英雄王だ。現にまだ戦時中だというのに上級貴族の連中がこぞって我が娘をどうぞ王妃に、と話を持ちかけてきている。今はまだ私の所で留め置けてはいるが、いつまでもこのままというわけにもいくまい。
まあ、レンタロウ様を国王に挿げることを承知した時点で、世継ぎの話は避けて通れない問題だった。スリザール王家の血はここで絶える。だが、私がそれを気に病む理由があるだろうか。元より、この王家と帝国に何の忠誠も誓ってはいないのだ。いや、それどころか……。
『それがそう簡単にもいかないんだよね』
『……と、言いますと?』
『コレ、コレ』
そう言って、レンタロウ様は自分の頭を指でさした。
最初は意味が分からなかったが、どうやらその髪の毛のことを言っているのだと気づく。
今でこそ特殊な染料を用いてくすんだ金色に仕上げているその髪の毛は、本来はこの場にいない残りの二人の悪党や私と同じく、深い
『多分だけど、この世界の人間に対して、日本人の黒髪は完全に優性遺伝なんだと思う。じゃなきゃ
また当たり前のように意味の分からない単語を使い出したと思ったら、要はレンタロウ様がこの世界の女と子を為したとき、生まれる子供は100%の確率で黒髪になるということらしい。
確かに、それは厄介な問題だった。
『こっちの世界でだって金髪同士で子供作って黒髪が生まれたらおかしいことくらい分かるでしょ? そんなことで難癖付けられても面倒じゃない』
現在高位貴族と呼べる家は、全てがこの世界の標準的な髪色をしている。どこの家から息女を娶るにしても、その問題はついてくるだろう。だが、ただ子を作るというその一点だけで言うのなら、それを解決する方法はここにあった。
まさか、その程度のことに彼が気づかないということもないだろう。
ひょっとして、最初からそういう方向に話を持っていくつもりだったのだろうか。
つまり、相手の女が黒髪であれば問題ないのだ、と……。
『だからさ』
『……はい』
俄かに手に汗をかきながら私が神妙に頷くと、レンタロウ様はこともなげにこう言った。
『王権をなくしちゃうのはどうかと思って』
『…………………はい?』
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