8-2
巨大な樹木の塊が落下し、半壊した家屋を圧し潰していく。
新たな砂煙か巻き起こり、寒風に流されて薄れていく。
その中に一人、立ち上がる男。
その男は、傷だらけだった。
腕に、脚に、背中に、その頭の黒髪に、至る所に赤黒い傷をつけ、それでいてなお微塵も損なわれない覇気を纏ってそこに立っていた。
「う、ウシオ様……?」
疑いようのないその立ち姿。
だが、なぜ龍樹などに乗って現れたのだ?
一体ゴドリックの町で何が起きた?
「あん? なんだ、その死にかけてるの、レン太か? 王様か?」
その呑気な声はどこまでも緊張感に欠け、この状況の現実感のなさに拍車をかけた。
私にもたれかかるようにして倒れ込んだレンタロウ様の体は、ぴくりとも動かない。
その脇腹に突き刺さった太い木片がじわじわと赤く濡れていく。
「ど、っちでも、いいでしょ」
掠れた声でミソノ様がそれに応じる。
いつの間に何かで打ち付けたか、その額から血が流れていた。顔色は青白く、息切れを起こした呼吸も力がない。
「最近たまにマジで分かんねえんだよな。つうか、お前も死にかけてんじゃねえか」
「うっさい」
いや、二人だけではない。
こちらからは極力接触しないよう徹底していたはずなのに、イサム・サトウの巻き起こす破壊の余波に巻き込まれ、周囲の兵士たちはみな地面に倒れ込んでいた。
その破壊の中心に立ち尽くし、虹色の魔力を纏った男。
一体、この数分間でどれほどの攻撃をその身に受けただろうか。
魔法の嵐も、弓矢の雨も、瓦礫の倒壊も、爆炎も、ついぞ奴の膝をつかせることは出来なかった。それでいて、奴が無造作に振るう腕の一本で、こちらの兵士たちが何人も薙ぎ倒されていくのだ。
あまりにも。あまりにも理不尽すぎる。
私の胸を、吹き荒れる氷雪よりも冷たい絶望が蝕んでいた。
一体この世界の何ならば奴の体にダメージを与えられるというのだ。いくらウシオ様といえど、何の魔力も持たない人間の男一人が戦列に加わってこの状況がどう変わる?
ミソノ様の宣言通りに三区画丸々が更地となった帝都を、ウシオ様は悠然と見渡した。彼自身もまた、満身創痍だった。
レンタロウ様とは全く別の意味で、その顔つきからは感情が読めない。その大きな足がゆっくりとこちらに近づき、ミソノ様の襟を掴み上げる。
「特別大サービスだ、ソノ子。策を聞いてやるぜ」
「ちっ。――――」
宙吊りの状態でウシオ様の腿に蹴りを入れながら、ミソノ様が何かを囁いた。
少し離れただけの私の耳にさえ届かないその掠れ声を、どうやらウシオ様は聞き取れたらしい。その口元が、よく見慣れた獰悪な形に吊り上がる。
「おいおい。どうした、ソノ子。今まで聞いた中で一番良いじゃねえか」
「死ね」
「サっ子。頼むぜ」
そう言って放り投げられたミソノ様の小さな体を慌てて受け止める。
私の元には、力を尽くしきった二人の悪党。
残り最後の悪党は、それきりこちらを顧みることなく、再びゆっくりと歩みを進めた。
いつものように。
ただ一人で。
偽物の勇者が、本物の勇者と向かい合う。
「おう。待たせちまったな」
「何をしにきたんだ、君は?」
「ああん?」
「――――」
「――」
無茶だ。無謀すぎる。
ウシオ様が以前瀕死の重傷を負って辛うじて撃退した龍種を、剣の一振りで両断した相手だというのに。もう彼の援護ができる兵力も残ってはいない。
「サク。ぼさっとすんじゃないわよ。取りあえずこいつの命繋げるわよ」
囁くような小さな声にはっとする。
そうだ。このままではレンタロウ様が死んでしまう。
補給部隊の荷物は大半が戦闘の余波で破壊されていたが、辛うじて残っていた回復薬の瓶をかき集める。
かじかんで縺れる手で必死に応急処置を施す間にも、イサム・サトウとウシオ様の問答が風に流れて聞こえてきた。
「無駄な争いはもうやめろ。ホグズミードでのことを忘れたのか? 君の力じゃ僕に手も足も出なかったじゃないか。それなのに――」
「くっっっっだらねえこと言ってんじゃねえよ。アホかお前」
「なんだと?」
「『なのに』じゃねえよ。『だ・か・ら』! リベンジに来たんだろうが!」
それが挑発でもブラフでもないことはよく分かった。こと戦闘に関してウシオ様が曲がったことなどするはずがない。
本気で勝つつもりなのだ。
白龍に喧嘩を売りに行ったときのように。
「ミソノ様。一体先ほど、ウシオ様にどんな策を……?」
「は?」
そうだ。何か、奴の力に通用する闘い方を見出したのか。彼の自信に根拠があるのか。
両手を血塗れにしながら、渾身の力を込めてレンタロウ様の傷に止血を施しているミソノ様がうざったそうに顔を上げた。
「簡単よ。『
ごう。
虹色の魔力が吹きあがる。
砂煙。
大地を蹴り飛ばす音が響く。
二人の男の距離が一瞬でゼロになる。
巨大な刃が振り下ろされ――。
「――『
イサム・サトウの首が、90度に捻じ曲がった。
「…………え??」
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