3-3

「なるほど、それはお疲れさまでございました。ところで陛下――」

「おいぃぃい!! メイド長! きさ、貴様、今の俺の話を聞いて『お疲れ様』で済ませるつもりか!? もっと言葉を尽くせ! もっと労え! 貴様の知るありとあらゆる賛辞をもって俺を慰めろ!!」

「はあ」


 いや、最後の方はただカジノで遊んでいただけでは?

 というか、それを私に言いますか?

 彼らにまつわる私の苦労話、聞きます?


 まあ、陛下相手に苦労自慢などし合ったところで、それこそ何の益にもならない。

 それよりも、気になることが一つあった。


「陛下。彼ら三人の名前はもう憶えられたのですね」

「不敬極まりないな、メイド長。簡単なことだ。見るだけで腹の底からムカムカとしてくる女がミソノ。傍に近づかれると背筋がゾクゾクと震える男がウシオだ」

「なるほど。それは間違いようがございませんね」

「それから――」



『おい。貴様は何者だ』

『なにって、影武者だよ~。こないだ挨拶したじゃない』

『そうではない。と聞いているのだ』

『うん? ああ、名前? レンタロウ・クスノキ……って言っても、別に覚えてくれなくて構わないよ~僕のことは。戦争が終わるまでは僕が目立つところにいてあげるから、安心してぬくぬくしててよ。あ、王様のメイドさんたちには手ぇ出したりしてないから、そこも心配しないで――』

『やめろ!』

『うん?』

『……なんだ。お前はなんなのだ。なぜそのように空っぽの感情で会話ができる? 俺はいったい何を見ているのだ。人の形をした木のうろが言葉を発しているようにしか見えん……』

『……ふうん。は分かるんだ』



「――目の前にいるのに、いるんだかいないんだかよく分からん意味不明の男が、レンタロウだ」

「……? 陛下、それは一体――」

「俺はこの一週間、帝都のあらゆる人種に無理やり引き合わされた。浮浪児。傭兵。騎士。商人。僧侶。職人。娼婦。犯罪者。俺を知らぬものたちが俺に向ける感情はもうどれか一つをとって思い出せぬほど様々だった。俺は知らなかった。人間というのはこんなにも多彩な色を持っているのだと。だが、この男に感じるものは『無』だ。空っぽだ。このような人間、この帝都のどこを探してもおらんわ」


 その言葉を受けて、当のレンタロウ様が苦笑混じりに肩を竦めた。

「いやぁ、僕もびっくりだよ。試しに10回くらい色んな人に化けて王様の前に出てみたんだけどさ、全部見破られちゃった」

「笑ってんじゃないわよレン。あんたの存在意義なくなってんじゃないの」

「ソノちゃんも最近侯爵サマとキャラ被ってきてるけどね~」

「あ゛あ゛ん!?」


 それは、驚くべきことであった。

 正直、私やミソノ様、ウシオ様であっても、本気で変装したレンタロウ様は見破れない。

 それを、メイドの顔も覚えられない陛下が?

 ただ、ある意味では納得できることでもあった。もしも本当に、陛下が人の感情を直接判別することができるというのなら……。

 

「ふん。共感覚って奴かしらね。流石に私にも分かんないわ。でも、レンの変装を十発十中で見破ったのは確かよ。ていうか、そんなことができるくせに何で王宮の人間のことは区別できないわけ?」

「……」


 それはそうだろう。王宮の人間で陛下に近づくものといえば、陛下に阿り、諂い、それでいて内心では蔑み侮る臣下と、ただただ媚びを売って捨てられないようにご機嫌取りをする女の二種類しかいない。陛下にとっては、前者が『忠臣』、後者が『メイド』で一括りなのだ。みなが陛下に対して同じことしか考えていないのだから、それでは誰が誰だかなど判別できるはずがない。

 なるほど、彼らが陛下に顔を覚えられないのは、彼ら自身にも原因があったわけだ。


「それで、ミソノ様? 陛下を王宮にお連れしたのはどういう理由でしょう。予定では戦争にある程度の目途が着くまではゴイル邸で匿うはずでは?」

「え? いや、なんか西国からまた変わったお菓子輸入したって聞いたから、私も食べておこうと思って。でもこのボンクラから目ぇ離しておけないでしょ。ついでに連れてきたのよ」

「菓子? いったいどこの――」

「あ、サっちゃん。ホラ。折角だしサっちゃんも食べなよ。おいしいよ?」

「あの、レンタロウ様。まさか勝手に取引を? 食料品はともかく嗜好品に関しては財務部の監査を――」

「おいメイド長! そういえば貴様、俺が茶を淹れろと言ってから何分突っ立っているつもりだ? 早う支度せよ!」

「いえ陛下、お待ちください今大事な――」

「「「おー茶。おー茶。おー茶」」」

「あああ……」


 人数が増えた悪童を相手に、私一人の抵抗など効のあるはずもなく、そのままなし崩しに、王宮最奥の秘所にて、奇妙な茶会が催された。



「おいメイド長。知っているか。西門近くの貴族屋敷の塀から庭のネーブルオレンジがはみ出していてな。枝で突くと落ちてくるのだ」

「ええ。この時期の貴重な栄養源ですからね。しかし、時間を間違うと庭師が出てきて追いかけられますよ」

「ふん。あのような老いぼれ、ウシオから逃げ回った俺の敵ではなかったわ」

「ああ。まだ現役なのですか。随分な高齢でしょうに」


「そういえば王様。あんた朱兜バーミリオン・ベアの素材分けてもらってたでしょ。何に使ったのよ」

「ふん。貴様に教える義理などないわ」

「あん? なんだ王様、爪使って首飾り作ってなかったか?」

「おい! ウシオ! 人が秘密にしていることを何故簡単にばらす!?」

「え~。やだ~、か~わ~うぃ~うぃ~」

「その気色悪い声、二度と出すな」


「なあソノ子。昨日、こないだの僧兵たちと組手やってきたんだけどよ。ちょっと設備新調してやってくれよ」

「はあ? なんであんたが壊したモン私のお金で直してやんなきゃなんないわけ?」

「違えよ、トレーニング器具だよ。連中、杖術使うくせに僧帽筋の鍛え方も知らねえみたいだからよ。ダンベルと懸垂機とローイングマシンと、あとできれば……」

「シオくん。それ絶対自分が使いたいだけだよね」

「ていうかローイングマシンとかないから」


「レンタロウ様。陛下とはいつ入れ替わったのですか?」

「え? ああ、ついさっきだよ。半日かけて演技指導したからね~。多分誰にもバレてないと思うよ~」

「いやおかしいからな!? 薄々気づいていたからな!? なんで俺が俺の演技をしなければならんのだ!? しかもメイド長には見破られたではないか!」

「あはは~。まあまあ。王様だって途中からはノリ気だったじゃない。なんかちょっと威厳が出てきた気がする、って」

「おう。最初に比べりゃ随分体幹もマシになってきたぜ、王様」

「む。む? そうか? いや、まあそうであろうな。流石は俺であるな」

「へえ? なによ自身満々じゃない。ならちょっと見せてもらいましょうか」

「ふん! 貴様の目になどくれてやるのも勿体ないが、特別に披露してやろうではないか。よく見ておくがいい、ミソノ」


「……お~。なるほどなるほど。はいはい、背筋を張って。いいね~威厳あるね~。じゃあそのままピンと張って、足揃えて、はい。左手は後ろで、右手は胸の前。そうそう。そのまま腰から真っ直ぐお辞儀をして~、さん、はい」

「お帰りなさいませ、お嬢さま――って違ぁぁあああう!!!! これでは屋敷の執事ではないか!?」


 ……陛下。いつの間にノリ突っ込みそんな芸まで仕込まれて……。



 そんなくだらない時間を、だらだらと30分ほど続けた頃であろうか。

 陛下が、おもむろに私に声をかけてきた。


「おい。メイド長」

「なんでしょう」

「……そうだ。貴様はメイド長だ」

「はい?」

「ウシオは勇者。ミソノは聖女。レンタロウは……なんだ、詐欺師か」

「それが、どうかなさいましたか?」

「傭兵の男たちはみな傭兵だ。騎士は騎士。娼婦は娼婦。商人は商人。みなそれぞれに職分があり、役目があり、仕事がある」

「詐欺師を仕事と言っていいかは分かりませんが……」



「なあ、メイド長。………………俺は、なにものだ?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る