3-2
その日の社会見学の場所は、帝都に存在する聖陽教会の聖堂であった。
そこで陛下は、先に入堂していたゴイル侯爵と鉢合わせたそうだ。
「む。おや、これはこれは陛下。このような場に来られて、どうなさいましたかな」
「!?!?」
「陛下?」
「お、お前。お前、俺が誰だか分かるのか……!?」
「何を仰います。陛下のご尊顔を見間違うことなどどうしてありましょう」
「おい! ミソノ! ウシオ! 見よ! これが! これが正しい臣下の在り方だ! やはり今までのほうがおかしかったのだ。なあ、そうだろう!?」
「落ち着きなさいよ五月蠅いわねぇ。ちょっと侯爵サマ。こいつ見学させるけどいい?」
「私は構いませんが……」
その日の見学の内容はというと、彼ら聖職者の日頃のお勤め、その敬虔な信仰心と清く正しい生き方というものを陛下にご覧いただくこと……なわけがなかった。
「む? おい、そこな忠臣よ。ここは教会であるよな?」
「さようにございます。陛下」
「ではあそこにいる一番偉そうな服を着たものが教皇か?」
「畏れながら陛下。彼はただの司祭にございます。まあ、この場で一番偉いのは間違いございませんな。今のところは」
「ではなぜ一番偉い人間があのように震えておるのだ。よく分からんが、具合が悪いのではないか? おい。癒しの奇跡が使えるものはいないのか」
「おやおや。陛下。我々のようなものにそのような慈悲深いお言葉、もったいのうございます。されど、ご安心なさいませ。あのものはいたって健康でございますよ。今のところは」
「ひ。ひ。陛下? 聖女? な。な。なにが、なにがどうなってる? ご。ゴイル侯爵! 貴様生きておったのか!? なぜ貴様が聖女と共におる!?」
「は。は。は。決まっておるでしょう。仲良しだからですよ。ねえ、ミソノ嬢」
「うん。そうなの~。わたし、ゴイルおじいちゃんだ~い好き~。ねえおじいちゃん。ゴイル家の実印ちょうだい?」
「は。は。は。それはまだあなたには早いですなぁ。その代わりと言ってはなんですが、この教会の実権などはいかがですかな?」
「え~。ホントに貰っちゃっていいの~? ミソノ嬉しい~」
「おい、ウシオ。なぜミソノとあの忠臣は足を踏み合いながら仲の良い振りをしているのだ?」
「ホントは仲良しなんだろ」
「なあ。聞きたいんだが、俺に首飾りやら耳飾りやらをねだる女たちもよく今のミソノと同じ声を出しているんだが………………ひょっとして俺は騙されていたのか?」
「それは俺には分かんねえけど、あんたがそう思うならそうなんじゃねえの?」
「じ、実権だと!? な。なにを言っている!? ここは私が教皇より任された教区であるぞ! いくら聖女といえど、そのような専横――」
「あれ~? ねえ、おじいちゃん。あのクソ虫、なんか状況がわかってないみた~い」
「おやおや。聖女ともあろうものが汚い言葉を使ってはいけませんよ。彼はただ、昨年お友達と共謀して帝都から追い落としたはずの私がここにいることの意味を噛みしめているだけなのですから」
「あっははははは。ねえどうする? どれからいく? あいつの実家取り潰した勅書見せる? 教皇から送ってもらった左遷通知見せる? それともお風呂屋さんから預かった借金の督促状にする?」
「は。は。は。より取り見取りですなぁ」
「ぐ。ふぬぅ。……で、出合え! 出合ええ! 彼らは悪魔に魂を売った異端者です! 今すぐ神罰を!」
「お。ようやく俺の出番だな」
「「「!?!? 勇者様!?」」」
「お、おい! おい! どうした、どうして全員突っ立っている!?」
「「「無理です」」」
「おいぃぃいい!!!!」
「…………おいソノ子。話が違ぇぞ」
「知らないわよ」
その日、帝都における聖陽教の首が落ちた。
お飾りに挿げられた次の頭は、ほとんど聖女の意向を下に伝えるだけの伝声機となり、首から下の者たちはみな黙ってそれを受け入れた。
その程度のことは、彼らにとって日常茶飯事であったからだ。
その翌日。
「おい。ミソノ。なんだココは」
「見て分かんない? 闇賭博よ」
「なんだそれは。久しぶりにまともな服を着せられたかと思ったら、また訳の分からん所に連れてきおって。あの奇妙な耳をつけた女はなんだ。手付にしていいのか」
「いいわけあるか。あんたねぇ。王宮に引きこもってメイドとにゃんにゃんしてばっかいないで、少しは健全な悪い遊び覚えなさい?」
「む? おい。あの檻の中にいる男二人はなんだ。囚人か?」
「今から殴り合うのよ。ねえシオ。どっちが勝つ?」
「あん? ああ、赤コーナーだな。腰つきが全然違う」
「あっそ。……ねえ! まだ大丈夫でしょ!? 赤コーナーに10枚!」
そこは、騎士団に賄賂を渡して運営している違法カジノであった。
何故か勝手知ったる様子の聖女と勇者に連れられ、陛下は健全な悪い遊びとやらを教え込まれたそうだ。
「お、おい! ミソノ! ミソノ! どうなってる!? おかしいのではないか。俺はこの札遊びで一度も負けたことがないのだぞ!?」
「クソザコ百面相が何言ってんのよ。当たり前でしょ王宮であんたに勝とうとする相手なんかいるかっつうの」
「し、しかし! 最初は勝ってたんだ! なのに、レートを挙げた途端急に手配が悪くなったのだ!」
「典型的なカモじゃないの。それで? どうせ引くに引けなくなって最後に大勝負しかけたんでしょ?」
「ぐ。ぐぐぅ。おかしい。こんな、こんなはずではなかったのに……」
「とりあえずなんか着たら?」
「なぜ身ぐるみを剥がされる必要があった!?」
まあ、随分お楽しみになったようで何よりである。
陛下が私に隠れて王宮へとお戻りになったのは、その翌日のことだそうだ。
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