3-3

 しばらくして。


「そうなんだ。大変だね~」

「そうなんです。大変なんです。いえ、もちろん団長のことは尊敬申し上げておるのですが、もう少し周りの状況を見ていただけると、私たちとしてもですね……」

「いや~、わかるな~。それでいつの間にか雑用こなしているうちに自分しか分からない案件が増えていっちゃうんだよね~」

「そうなんです。そうなるともう、みな私のところにあれやこれやと……」

「そうだよね~。頼りにされるって、いいことばっかじゃないよね~」

「そうなんです。特に最近薪の消費が多くて……」

「ね~。寒いもんね~」

「…………」


 砦の司令部で、副団長とレンタロウ様が謎の面談を行っていた。

 下っ端の騎士から伍長、部隊長、そして副団長の彼へと、恐ろしい速度で人心を掌握していったレンタロウ様が、第七師団の内部にぐいぐいと切り込んでいったのである。

 要は、団長たるゴーント伯がであるにもかかわらず、取りあえずは師団の運営がまともに行われている以上、必ずどこかに割を食っている人間がいるはずだ、ということだったのだが、まあ、それはどこの組織でも似たようなものだろう。

 実際、団内の大多数はゴーント伯に心酔しているなかで、各部署に数名正気を保った人間がいて、歯車のごとくに団を切り盛りさせられているようだった。


 私は、この防衛戦がひと段落したら、この副団長を王宮の官僚として招聘できないかと一人画策していたのだが、まだまだ話は盛り上がりそうであったので、ひとまず彼のことはレンタロウ様に任せることにして、今後の動向をミソノ様と詰めておこうと、改めて自分たちに割り当てられた部屋へと足を戻した。

 ちなみにウシオ様は、砦周辺部の見回りにくっついて出て、砦を離れている。

 最初は中で騎士たちの訓練に混じろうかとも思ったそうだが、その練度の低さを見て興味を失くしていた。


 途中、不意に吹き抜けた寒風に背筋を震わせながら、石床を滑るように渡って扉の前に立つと、中から会話が漏れ聞こえてきた。


「あ、そうだ、じいさん。あんた、腕のいい鍛冶師とか知らない?」

「ええ。農業と冶金技術は切り離せぬ間柄ですからな。しかし、なんの用です? ウシオ君に装備でも?」

「なんで私がシオの装備手配してやんなきゃいけないのよ。そうじゃなくて、ほら、こないだサクがグリフィンドルの貨幣もらってたでしょ」

「ん? ……ああ、なるほど。しかし、迂遠な方法だ。間に合いますかな?」

「取り合えずここを凌げればね」


 また何か邪悪な企みをしているな……。

 私は努めて平静さを装い、蝶番の軋む扉を開けた。


「ミソノ様。追加の資料です。目を通しておいてください」

「ん」

 いつの間にどこから用意したのか、丈のだぶついたローブに身をくるみ、淑女らしからぬ所作で椅子に丸まったミソノ様が、数枚の羊皮紙を手繰っていく。

 少し身を縮こませたゴイル侯は、卓上の地図になにやらよく分からない数種の駒を置いて、手元の資料と代わる代わるに視線を落としていた。


「そういえば、先ほど話していた、グリフィンドルをヌルメンガードに足止めする策とはなんだったのですか?」

 今後の予定を確認する前に、後顧の憂いをなくしておかなければなるまい。

「あ~。まあ、大丈夫よ。もう済んだし」

「ミソノ様」

「なによ、そんなに聞きたいの?」

「聞きたくないから聞いてるんです」

「……言うようになったじゃない」


 そんな無意味なやりとりの中で、くつくつと泥の煮えるような笑い声が沸いた。

「なにか?」

 溜息混じりにゴイル侯を振り返れば、かの老人が幾分疲労を滲ませながら、卓上の駒を片付けている。

「いや、なに。もったいぶるほどのことでもない。ただ、毒を撒いただけです」

「は?」

「ああ、いやいや。毒といっても、体を害するものではない。例えばですな、メイド長殿。目の前で、昨日まで一緒に飯を食らっていた同僚が害虫のような仕草で汚物を啜っていて、その首が斬り落とされて再生されて、さあ、気を取り直して次の村へ行きましょうと言われて、意気揚々と進軍できる兵がどれほどいると思いますかな?」

「……」


 なるほど。

 その説明で、なんとなくその先の想像がついた。

 そもそも、彼らにとっては、本来勝てる戦争なのだ。

 それが、ホグズミードでは大量の魔獣に襲われ、横からしゃしゃりでた勇者に手柄を奪われ、北進すれば今度は分けのわからぬ罠で仲間たちが分けのわからぬ死に方をして、生きた仲間は人としての尊厳を奪われる。


 これが単純に戦で味方が殺された、金や女を略奪されたなどの話であれば、復讐心が彼らの原動力になるだろう。

 だが、この場合略奪に来たのは彼らのほうで、余計なことをしなければ自分たちが悍ましい被害に合うこともない。困難な状況になれば勇者と聖女の助けが入る。

 これで兵卒一人一人にモチベーションを保てというのも酷な話であろう。

 そして、実際に彼らの行く先にも罠は仕掛けてあるのだ。


 つまり、彼らの士気を侵す毒。

 それがこの魔物たちが仕掛けた第二の罠だったというわけだ。


「ま、そういうことね。それに、もっと直接的な問題として、普通に別の病気になりそうだし」


 それもその通り、『オドラデク』の手にかかったものは死体を燃やして終わりだろうが、『ザムザ』から生還した人間を作ってしまった以上、不衛生極まりない彼らの身は新たな災いの種になる。

 全く、聞けば聞くほど悪辣な策だった。


「捕虜からあちらさんの配置やらなんやらのお話も聞けたし、取りあえずレンがここ掌握するくらいの時間は稼げるでしょ。その頃にはその白龍とやらも降りてきてるんじゃないの? ここ数年、ほとんど大寒波の時期はずれてないみたいだ、し…………はっくし!」

「ミソノ様?」

「う~~寒寒。ねえサク、毛布まだある?」

「聞いてみましょう。しかし、確かに随分と冷えますね」

「…………おかしい」


 その時、ゴイル侯が何やら手元に掌大の魔道具を持ち、眉間に皺を寄せて凝視していた。

「ゴイル侯?」

「いくらなんでも気温が低すぎる。これではまるで……」


 それは、気温計なのか?

 私が詳しく話を聞こうとしたとき、砦の外の方が俄かに騒がしくなった。


「なに。どしたの」

 そう言う割に自分で動こうとしないミソノ様の代わりに、私は外に出て兵士の一人を捕まえた。

 その顔は、彼自身もまだ何が起きてのか飲み込みかねているようで。


「ひ、東の砦が、落ちたらしい」

「は? まさか、もうグリフィンドル兵がここまで?」

「いや、それが、まだ分からん。分からんが、その、俺も今聞いたばかりなんだが――」

「落ち着いてください。ここより東に砦は一つしかないでしょう。そこが落ちたとなれば自体は急を要します。一体どこの勢力に――」

「龍だ」

「……………はい?」


「山から降りた白龍が、砦を襲ったんだ」

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