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《とある少年の冒険・1》
僕は一体、何をやっているんだろう。
「ステータス」
ふ、と。
ほとんど息だけで発した僕の言葉を受けて、僕の視界に薄緑色のウィンドウが表示される。
『佐藤勇 職業:勇者』
そのただ二文字の言葉だけが、僕の存在を証す頼りだ。
その下に表示される僕のレベルも、パラメーターも、今やこの世界のどんな人間も遠く及ばない水準に達している。それどころか、天を衝くような巨大なモンスターも、邪悪な瘴気を振りまく魔人でさえも、僕の振るう虹色の剣の前ではゴブリンと変わらない脅威でしかない。
けれど、そんなものに何の意味があるというのだろう。
数字というのは、数値というのは、比べる相手がいて初めて価値があるのだ。
僕の目に映るステータスは、僕と、もう一人の転移者である田中さんにしか見えない。
そして、そんなものの存在を、この世界の誰一人として知らないというのだ。
『おうおうおう兄ちゃん姉ちゃん。随分いいおべべ着てんじゃないの。パパは護衛は雇ってくれなかったのかな?』
『待ってください。僕のレベルは56。
『あぁぁあああん?? 何わけわかんねえこと言ってんだコラ。レベルが何だって? そのほっっっっっっそい腕で筋力がなんだって?』
『いや、あの。話を――』
『なまらぬかしてっどそんでぇばひぎちぎっどおぅらあ!!!』
『ちょ、やめ――』
僕たちは敵を倒せば倒すほど強くなる。経験値を得て、レベルが上がればステータスも上がる。スキルも覚える。
そんな当たり前のことが、この世界では常識として通用しない。
何処に行っても、誰に聞いても、レベルだのステータスだのの存在を知るものは一人もいなかったのだ。
チート、というのは、与えられたルールの中で、ルール上あり得ない設定がされた状態のことを言うのだ。
僕たちが得たこの力は、チートですらなかった。
たとえば、普通の人が、せいぜい鍛えたところでレベル20が限界の世界で『僕はレベル50なんです』と言えばそれは驚かれるし、場合によっては尊敬もされるだろう。
けど、空手の試合中に拳銃をぶっ放して相手を倒したって誰一人納得などしない。
僕たちがやっているのは、そういうことなのだ。
ルールが違う。
設定が違う。
そんな存在が、世界の住人に受け入れてもらえるはずなどなかった。
これがゲームの世界ならGMにBANされてお終いだろう。
けれど、僕たちをここに連れ込み、この力を与えたのは、まさにこの世界の
『君は勇者に選ばれた』
それは、僕が通っていた高校の課外授業で、郊外のキャンプ場に来ていた時のこと。
いつしか僕の意識は闇に吸い込まれ、次に気づいた時には、なんだかよく分からない場所をぷかぷかと漂っていた。
黒いような、白いような。
何処までも突き抜けるような、それでいて何処にも辿り着けないような。
無限の空間に放り込まれた僕の意識に、男とも、女とも、子供とも大人ともつかない声が語りかけてきたのだ。
『君に使命を与えよう』
その声は、自らのことを何とも名乗らなかった。
ただ、意識に直接語り掛けるような言葉が僕の中に入り込み、無理やりその意味を理解させた。
その声が言うには、とある戦争を繰り返す世界に、ひと際醜悪な国家があるのだという。
曰く、帝国スリザール。
王政は腐敗し、国土は荒廃し、人々は困窮に喘ぎ、苦しめられている。
そして、近々その帝国の中枢に根を張るとある貴族家の当主が、違法な人体実験の果てに怪物を生み出してしまうのだか。
それはこの世界を滅ぼしかねない非常に危険な存在で、そうなる前に怪物を倒し、帝国を滅ぼし、この世界を救ってほしいのだという。
ただし、この世界のことはこの世界の人間に舵取りをさせなければならない。
僕の役目は、その大陸で最も公明正大で近代的な国家であるグリフィンドルを援け、戦争に勝利させること。
ただ意識のみの僕になんの質問も意見も許さず、その声は、それが為された暁には、僕を元の世界に帰すとだけ約束した。
そして、僕が目を覚ますと、そこは既に異世界の長閑な農村だった。
明らかに日本人ではない村人。
明らかに日本ではない景色。
そして、それにも関わらずなぜか日本語が通じる世界。
ふと横を見れば、すぐ傍に、同じ班に所属していたクラスメイトの女子がいた。
田中聖香さん。
呆然自失している彼女に何とか話を聞けば、彼女もまた、あのよく分からない謎の空間で、僕と全く同じことを告げられたのだという。ただし、彼女の役目は、『勇者』を援ける『聖女』だ。
僕と田中さんには、そのための『力』が授けられていた。
正直、困惑した。
不安が押し寄せ、恐怖を覚えた。
それでも、それを上回る興奮に、僕は耳元までが赤くなるのを感じていたのだ。
絵に描いたようなファンタジーの世界。
僕にだけ与えられた特別な才能と使命。
相棒はクラスメイトの女の子。
こんなの、最高すぎる。
この世界でなら、僕は、僕だって、きっと――。
『自分の立ち位置思い出してみなさいよ』
けれど、この世界で生きる『現実』は、僕が思い描いていた『理想』とはかけ離れたものだった。
だって、僕は僕なのだ。
人との会話が苦手だ。
人を気遣うのが苦手だ。
体を動かすのが苦手だ。
機転を利かせるのが苦手だ。
地道に努力するのが苦手だ。
どこに行ったって、どんな力を得たって、所詮僕は僕でしかなくて。
強くて、カッコよくて、頭が良くて、知識が豊富で、人当たりがよくて、女の子にもてて、みんなの笑顔の中心にいる、そんな物語の主人公になんて、なれるわけがなくて。
『この、ゴミ陰キャが』
そうだ。
そんなことは――。
「僕が一番、よく分かってるんだ……」
ベッドの縁に座り込み、項垂れた僕を、扉をノックする音が呼んだ。
返事ともとれない返事が喉の奥から絞り出され、それを聞いたのか聞こえなかったのか、渋い男の声が一言断りを入れてドアが開かれた。
「勇者殿。話がある」
それは、グリフィンドルの貴族でもある赤毛の将軍騎士だった。
この道中、彼には何度となくお世話になってる。
その威圧的な風貌に内心ビクつきながら彼について部屋を出ると、廊下を歩きながら彼がこんな話を切り出してきた。
「先だって攻め込んたトラバーユの領主――ゴイル侯爵が隣の領に逃げ延びていたことが分かった」
「え?」
「あの男がこの国と内通していたときに、外交の連中と後ろ暗い取引をしていたらしい。このまま生かしておいては災いの元となるだろう」
「それは……」
そもそもあなた方が彼を裏切って彼の領を攻め滅ぼしたのが原因ではないか。
そんなことを、毅然と言えるようなら僕はとっくに陰キャを卒業してる。
つまり、今度は彼が逃げ延びた隣領――ヌルメンガードを攻めるので、その段取りをしたいということなのだろう。
僕は暗い気持ちのまま彼についていき、聞いてもよく分からない軍事の話に適当に相槌を打っていた。
気は進まない。
また、争いごとになる。そして、また敵にも味方にも化け物を見るみたいな目を向けられるのだ。そして、場合によっては、また、あの三人と……。
けれど、この一件だけは放っておけない事情があった。
ゴイル侯爵。
その名前だけは捨て置けない。
なぜなら、いずれこの世界を滅ぼす怪物を生み出すスリザールの貴族、かつてこの世界に僕を送り込んだ《声》が告げた人物こそ、まさに彼だったのだから。
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