With Only Bravery

1.毒蛇の巣

1-1

「手勢を増やすわよ」

「はい?」


 朝靄の煙る廃村で、ミソノ様がそう宣った。

 東の空から差し込む光が廃屋の屋根を白く染め、火の消えた焚火跡に藍色の影を落としている。

 起き抜けに沸かした湯を飲み、固く焼き締めたクッキーをふやかして食べながら地図を開いて今後の予定を確認しようとしていた矢先のことだった。

 思わず聞き返してしまった私に、ミソノ様がきょとんと首を傾げる。


「なによ」

「……いえ、別に」


 手勢を増やす。

 まあ、当然といえば当然だろう。

 私たちの目的はこの戦争でスリザールを勝たせることだ。戦力は大いに越したことはない。

 たとえ私が二話前に「こちらの手勢は四人」などと大見栄を切っていたとしても。


「そっちの騎士団長の戦略は分かったけど、このままじゃどう頑張っても時間が足りないわ。どっかしらで遅滞戦術を組む必要がある。幸い、もうちょっとで本格的な冬でしょ? 一回そこで仕切り直しさせましょ」

 スルザール帝国の所有する軍事戦力のトップたるルシウス・アイザックス総団長は、帝都を中心とした防衛線を小さく密に張り直し、グリフィンドル軍を迎え撃つつもりだ。

 だが、のせいで敵方の包囲網の完成が大幅に遅れている。

 

「こんな半端な包囲網なら鉄床戦術ハンマー・アンド・アンヴィルでバチコンしてやるところなんだけど、肝心のハンマーが弱すぎちゃ話にならない。今はホグズミードから敵が北進するのをなるべく遅らせるのが最優先ね」


 今、私たちは北を上とした地図上において、右下に大きく傾いた敵包囲網のちょうど右外側にいるのだ。つまり、このまま敵左側が帝都に進軍を続けようと思えば、常に右下側からの挟撃を警戒し続けなければいけない。

 そして、進軍が遅れれば、この国特有の風雪の嵐という天然の防塞が発生し、否も応もなく戦争は一時中断される。その間に少しでも軍備を整えようというわけだ。


「ホグズミードに来たグリフィンドル兵を見た感じ、向こうはかなりの農民を徴兵してる。農閑期を利用してサクっと終わらせるつもりだったんでしょうね。つまり、冬越えを強いれば向こうの本国側にダメージを入れられる」


 実のところミソノ様が語っていた軍略的な話にはほとんどついていけていなかったのだが、内政的な話ならば私にも分かる。春先の農村にとって労働力を戦争に取られることはかなりの痛手だ。これに対し国側が手を打つとしたら減税アメ強制ムチの二つに一つ。減税はそのまま国庫にダメージが入るし、強制は反乱の危険を伴う。

 ましてや今回は他国への遠征だ。私があちらの官僚であれば目を覆いたくなるほどの出費が必要であったはず。それを補填するならば戦争相手のスリザール側から毟り取るより他に方法はない。

 彼らには、大勝以外の結果は許されていないのだ。


 なるほど、確かに長期戦に持ち込むことはそれだけで相手側にとってダメージになる。

 ただ、こちらとしてもトラバーユ領を抑えられてしまった以上、来年以降の税収や農作物の収量は激減する。長期戦でダメージが入るのはお互い様だ。

 そして、なにより――。


が、このまま大人しくしているとは思えませんが……」


 佐藤勇イサム・サトウと、田中聖香セイカ・タナカ


 あの二人が戦場になど現れれば、それだけでどんな軍略も戦術も意味を失ってしまう。

 ただでさえ規格外の戦力を持っているあの二人を、これ以上はないほどに侮辱した上で逃げ出してきたのだ。正直、私は今追撃が来ていないことに安堵しているくらいだった。


「ううん……。そこなのよねぇ」

「あの、まさかその点は無策なのですか?」

「んなわけないでしょ。あんなんブチのめす方法くらい10や20は考えつくわ。ただ、あいつらアホだからねぇ。どう動くかが読みづらいってのが本音。ただ、多分あの二人が二人だけで戦場に現れて無双するって展開はないと思うわ」

「それは、なぜそう言い切れるのです?」

「今そうしてないからよ」

「……はい?」


 カリカリとクッキーを齧りながら説明するミソノ様の話を要約するとこうだ。

 彼らの目的は元の世界に帰ることで、そのためには(理屈は分からないが)スリザールの首都に到達する必要があるのだという。

 しかし、今の彼らの力を以てすればに手こずるはずがない。

 つまり、今現在そういった都市攻めをしている様子がないのなら、それができない理由がなにかあるのだろう。

 そして、彼らがあそこまで疎んじられているにも関わらずグリフィンドル軍と行動を共にしているところにその理由の一端があるのでは、というのがミソノ様の読みだ。


「つまり、グリフィンドルの動きを阻もうとすれば、必然的にあいつらは表に出てくる。こないだみたいにね。恐らくは、この戦争をグリフィンドルに勝たせることが奴らの目的の一つ。逆に言えば侵攻が順調に行っている間は奴らは余計な手出しをしてこない――」

「なるほど」

「――かもしれないし、出してくるかもしれない」

「………どちらですか」

「分かんないっつの。あいつらアホだし。普通に戦況読み違えるとかしそう」

「はあ……」


 そこまで言い終えたミソノ様は、立ち上がって伸びをし、スカートの裾を払った。

「ま、今言えるのはこんくらいね。とにかく、こっちの手数が少なくちゃ話にならないわ」

 ああ、結局はそういう話になるのか。まあ、それはいいとして……。

「しかし、ミソノ様。手勢を増やすといっても、なにかアテはあるのですか? どこかに味方になってくれそうな仲間でも?」

「ふん。私らに仲間オトモダチなんているわけないでしょ? でも――」


 ミソノ様の口元が、三日月の形に歪んだ。


「――敵ならたくさんいる」




 そして、翌日。



「おやおや。これは意外な客人ですな。私に今更なんの御用で?」



 灰色の髪と、目元に刻まれた柔和な笑い皺。

 やつれきった顔つきの、一人の老人。


 元トラバーユ領主、ビンセント・ゴイル侯爵。


 かつて帝都で悪徳の限りを尽くし、三悪党によって失脚させられた貴族の男に、私たちは向き合っていたのだった。

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