4-2
「そんな馬鹿な!?」
シスターの悲痛な叫びが、突如として起こった大喝采に掻き消される。
広場に集まったホグズミードの領民と、兵士たちだ。
みな口々にミソノ様とウシオ様の名を叫び、彼らの命を自分たちが救ったことに歓喜の声を上げていた。
「…………なんで?」
幼子のような呟きで、その現実を受け入れられず呆然とする本物の勇者に、私は冷ややかな目を向けた。
「さて。これではあなた方に着いていくことはできそうにないですね」
「そんな!?」
「『あの悪党を処刑してくれるなら』と、そう言ったはずですが」
その横で、地を蹴り飛ばす音とともにシスターが猛然と駆け出した。
「インチキだ! ペテンだ! こんなはずない!」
興奮冷めやらぬ観衆に近づき、悲鳴のような声で問うた。
「みなさん! どうしたというんですか!? あの三人は、勇者でも聖女でもない! ただの――」
その声に振り返った観衆の一人、いかにも職業人然とした中年の男が振り返った。
「そんなもん最初からわかってんだよ!!」
「な!?」
それを皮切りに、周囲の人々が一斉にシスターを取り囲んだ。
「あんたなぁ。連日連日意味の分からない演説してくれさって、いい加減我慢の限界だったんだ。今日という今日は言わせてもらうぞ」
「え? ……は?」
「あの二人が勇者でも聖女でもないことなんざ、とっくにみんな知ってたんだよ」
「では、なぜ――」
「それでも、あの二人はこの領土を守るために命懸けで戦ってくれたんだろうが!!」
混乱するシスターに、民衆たちは畳みかけるように言葉をぶつけだした。
「たまたまこの土地に流れ着いただけのあの二人を、あんたんとこの教皇と領主が勇者と聖女に担ぎ上げて戦争に加担させたんだろう!」
「あの二人に神聖な力なんざ宿っちゃいねえ。それでも、二人とも俺たちを守るために戦ってくれたんだ。その恩人を何で俺らが処刑しなきゃなんねえ!?」
「そうだよ。ウシオ様がいなきゃ私の旦那は戦場で殺されてた。危ないところをあの人に助けてもらったんだって、彼は命の恩人だって!」
「ミソノ様は戦闘が終わった後も必ず兵士たちを見舞ってくれた。口は悪いけど、手が足りない時には自分で治療も手伝ってくれた。自分だって一日中働いてフラフラだったのに!」
「な……あ――」
一度始まった流れは止まらない。
「領主のところのヤツが我々から物資をむしり取っていった後で、ミソノ様は余った薬種を返してくれたんだぞ!」
「ウシオ様は倒した魔獣の肉を皆にふるまってくれた!」
「大体、戦争を始めたのは領主様じゃねえか!」
「教皇様もそれに加担した!」
「悪いのはあの二人だ!」
「聖陽教会だ!」
「そうだそうだ!」
「あの二人を吊し上げろ!!」
いつしか悪党たちの処刑の場であったそこは、領主と教皇を弾劾する場へと変わっていった。
正直、この結果は私も予想外であった。
まさか、ここまで効果が出るとは。
「これは、一体どうなってるんだ……?」
「あなた方は、警戒しなければならない相手を間違えたんですよ」
広場を見渡し呆然とするイサム・サトウに、私は親切にも答えを返してやった。
これは、レンタロウ様の策だ。
それも、幾日も前から準備され、種をまき続けていた策。
レンタロウ様は、私と同じようにミソノ様とウシオ様が敗北する可能性を予見していた。
ならば、負けたあとで生き残るためには、彼らの味方を増やしておく必要があり、それは絶対に二人だけではできないことだと分かっていた。
だが、戦争に臨むにあたり二人のパフォーマンスを発揮させるためには、どうしても彼らの持つ毒性が仇になる。その毒を最も身近で浴びたシスターは見てのあり様。
戦争というのは、どうしたって市民の間に不満が溜まる。それが終わったあとでその不満を向ける相手を探そうと思えば、確かにあの二人ならばうってつけである。
だからこそ、レンタロウ様はそれを別の対象に向けようとしたのだ。
彼は二人が戦争に出ている最中に市民の間を飛び回り、彼らが領主と教皇にいいように使われているという話をでっち上げた。
初対面の人間の心を開くには、他人の悪口を共有するに限る。
ただでさえ為政者というものは市民から不満を抱かれやすいのだ。彼は言葉巧みに市民の悪感情の矛先を為政者二人に向けさせた。そして、いかにウシオ様とミソノ様が誤解されやすく、英雄的で、善良な人間であるかを人々に刷り込んだ。
つまり、彼は、自分たちが散々利用し、自分たちを保護してくれた領主と教皇を、民衆に売ったのだ。
それはこの上なく悪質で、明確な、裏切りだった。
しかし、では何故獄中の三悪党はあのように諦めきった態度を取っていたのか。
あれは、演技でもなんでもなかった。
彼らは、本当に諦めていた。
この策を仕込んだレンタロウ様自身ですら、この結果は予想していなかったに違いない。
当然だろう。いくら策を弄したところで、、人の心など完全に操ることはできない。そして何より、自分たちが一番護ろうとしていた人物が、真正面から彼らを糾弾していたのだから。
「み、みなさん、落ち着いてください! 確かに教皇様は道に悖る行いをしました。けど、それは全てあの連中が企んだことで――」
「うるせえ! 俺らを馬鹿にするのも大概にしやがれ! なんであの偉そうな教皇と領主が流れ者の若者なんかに操られるってんだ! それに、俺たちは、傷だらけになって命懸けで戦う勇者様と聖女様を見てきた! 安全な場所であの二人に守ってもらっただけのお前がどの口で二人を貶めようってんだ!」
そう。
この結果は、明らかにあのシスターに原因があった。
おそらく、彼女が何もしなければ、ここまで開票結果に大差が出ることはなかっただろう。あるいは結果が逆になった可能性さえあった。
しかし、ただでさえ事前にレンタロウ様が悪感情の矛先の半分を教会に向けていたところに、当の教会のシスターがそれに逆張りをするような主張を、しかも、言っては悪いがひどく稚拙で幼稚な演説で行ったところで、市民感情がどう転がるか。
二人の来訪者も、三人の悪党も、誰しもが予想していなかった。
シスター・ベラトリックスが溜めに溜めた不満と悪感情を。
ウシオ様とミソノ様を、彼らの素性を知ってなお、認め、讃える市民たちの見る目を。
彼らが守るべき相手、操るべき相手として侮った、人間たちの力を。
「では、私はこれで」
「ま、待ってください!」
そう言って立ち上がった私を、震える声で本物の勇者が引き留めた。
思わず零れそうになる笑いを堪える。
一体、彼のどこが勇ましき者だというのか。
そうだ。
私にはまだやるべきことがある。
すっかり忘れられていた処刑台の上で、ばきり、と、何かが砕ける音が鳴った。赤髪の騎士の持つ拡声の魔道具が拾ったその音に、私の横に立つ若者がはっとして視線を向ける。
十字架の一つがへし折れ、黒髪の大男が凝り固まった体を解すように腕を回していた。
「え!?」
「ああ、そういえば。……私が、帝都でなんと呼ばれていたか、教えて差し上げましょうか」
彼の力を封じるはずの聖女の枷が、外れていた。
赤髪の騎士と視線を交し合ったウシオ様の表情までは、こちらからは見えない。
しかし、その剛腕が、隣のミソノ様の拘束を破壊し、次いでレンタロウ様を解放していく。
私の脳裏に、偉大なる傭兵の長の、溜め息混じりの笑みが思い起こされた。
「『悪党の引率者』、と」
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