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《とある詐欺師の述懐》



 僕たちはね、サっちゃん。もう何度も死にかけてるんだ。

 サっちゃんに会ってからはそういうこともなくなったけど、帝都に最初に来たときだって、ほとんど飢え死に寸前だった。

 モンスターに殺されそうになったこともあったし、野盗に殺されそうになったこともあった。

 川の氾濫に巻き込まれたこともあったし、風土病にやられたこともあった。木の実の毒に中ったときは酷かったなぁ。

 

 実は、同郷の人間に会うのも、あの二人が最初じゃなくってね。

 僕ら三十五人のクラスだったんだけど、五人ずつ七班に分かれて課外活動をさせられてたんだよ。珍しくシオ君が登校してたから、クラス全員揃ってた。

 転移に巻き込まれたときは班ごとにまとめられててさ。

 うん。

 初めは僕らの他に二人いたんだ。黒江くんと下野さんって人でね。まあ、僕らと組まされるくらいだから、二人ともクラス内じゃはぐれ者だったね。

 転移して二日後に死んだよ。


 その後、別の班の人たちにも会った。

 全員人攫いに捕まって奴隷商に売られていくところだったんだけどね。

 流石にどうにもできなかった。

 シオくんが暴れれば解放するところまではできたかもしれなかったけど、そこから先は絶対に続かなかった。

 だから見捨てた。


 結局僕らも、転移させられた先の領地で、領主と癒着してる山賊に捕まっちゃってね。

 シオくん?

 あの時は、……なんだっけ。睡眠薬盛られたんだっけ?

 ああ、痺れ薬か。

 いや。シオくんだって無敵じゃないよ。薬くらい効くって。


 一か月くらい奴隷労働させられたんだけど、その時に下っ端の人を一人懐柔して、そっからちょっとずつ切り崩してって。途中で山賊組織を牛耳るところまではいったんだよね。

 こっちの言葉はその時に覚えたよ。ソノちゃんはアレだし、僕もシオくんもそれぞれの家の事情で新しい言語を覚えるのは慣れてたから。


 ちなみに、その時の領っていうのが、ジオバーナね。

 サっちゃんなら察しつくでしょ?

 そう。去年の潮害をモロに食らった土地。

 酷いもんだったよ。

 上がりがなきゃ山賊稼業だって続けらんないからね。一家離散で、僕たちは南側に流れた。


 そこから先も大変だったよ。

 少なくとも僕たちが南下したルート上に安全な土地なんてなかった。

 山賊一家の下っ端の人らが何人か僕たちに着いて来てたんだけど、みんな魔獣にやられて死んだ。


 僕ら自身だって何度も死にかけた。

 あ、これは死んだな、って何度も思った。


 まあ、そうは言ってもさ。

 死にかける、なんて、元居た世界で慣れっこだったけどね。


 シオくんは分かりやすく修行と喧嘩で何度も死にかけたらしいし、ソノちゃんは生みの親からは育児放棄ネグレクト、別の家に引き取られてからは家庭内暴力ドメスティック・バイオレンス。学校行ってる間はクラスメイトからのイジメ。

 二人ともよく生きてたよね、ホント。


 僕?

 

 僕はもうとっくに殺されてるよ。

 心をね。

 僕は誰にでもなれる。

 その代わり、僕は誰でもない。

 自分ですらない。

 そういう風に教育されてきた。

 矯正されてきた。

 ブリキの木こりなんだよ。

 

 だから、

 

 負けた後も先があるなら、と思って色々やってはいたけど、ここまで大負けしちゃうとどうしようもないよ。


 二人ともやるだけのことはやってたしね。

 前の世界にもいたし、こっちの世界にもいるけどさ。やることやんないくせに結果が出ないと悔しがる人って、いるじゃない。

 ろくに授業も受けてないのに人のテストの点数僻む人とか、大して防備も整えてなかったくせに大潮が来て焦る領主とかさ。


 そういうことは、二人にはなかったよ。

 一年間、間近に見てきた僕が保証する。


 僕ら三人、やれるだけのことはやりきった、って。


 だから、いいんだよ。

 それで負けて、ようやく死ねるんなら、いいんだ。


 さっきソノちゃんが言ったでしょ。


 流石に、もう疲れた。



 ……。

 …………。



「だから、僕らのことは気にしないで。ああ、折角だから、僕らから何か適当な情報グリフィンドルに持ってって、交渉材料に使ったら? 商会長さんの隠し財産とか、魔獣のハザードマップとか、色々あるけど、どうする?」


 そんなことを、全く感情の読めない平坦な声と表情で述べる少年に、私は小さく頭を振った。


 なるほど。どうやら私の当ては外れたらしい。

 そして、ある意味では予測していた事態が起きていたのだ。

 そもそも、なぜ私が、無理を通してこのホグズミードまで来ることになったのか。

 本来ならば、この地はとっくに国から見捨てられていたはずだった。それを、王を唆し、兵士たちに恨まれ、背中に泣きつく王宮の仲間たちを振り切ってまで、なぜ私が救援部隊に潜り込んで駆け付けたのか。


 私は、を危惧していたのだ。

 つまり、この稀代の悪党どもが道半ばに敗北する可能性を。


 彼らの存在が我がスリザールの利になるのならば、それを援けなければならない。

 だからこそ私は、全てが手遅れになる前に彼らを支援し、この戦争の状況を少しでも良くしようと思ったのだ。しかし、そんなことを王宮内の誰に言ったところで信じてもらえるはずもない。彼らの危険性と有用性を理解しているのは、王宮内で私だけだ。

 私には、この方法を取るより他に道はなかった。


 そして、そこから先は、完全に当てが外れていた。

 まさか、彼らが敗北することはあっても、命を諦めることがあろうとは思ってもみなかった。


 既に負けを受け入れ、処刑を待つだけの人間を援けて何になる?


「本当に、もう後悔はないのですか? なにも、望みはないと?」

 私の問いかけに、レンタロウ様は黙って肩を竦め、ウシオ様は短く、おう、とだけ応えた。

 ざり、と地面を擦る音に目を向ければ、ミソノ様の記した文字。



『アナタノ オチャガ ノミタイ』



 枝切れで書く簡素な文では、いつもの悪態も込められないのだろう。

 それでも、自分でも柄にもないことを言った自覚があるのだろう。すぐに足で擦ってそれを消したミソノ様の顔は、いつになく弱々しかった。


 なるほど、確かに、今の彼らにはもう期待が持てそうにない。

 こうなっては、致し方ない。

 私は、覚悟を決めて立ち上がった。


「サっちゃん?」


 けれど、最後に、一つだけ。


「飢えに苦しむ母と子がいたとしましょう」


 私の言葉に、彼らはきょとんとした顔でこちらを見つめてきた。


「彼女たちはその日食べるパンの一切れにも困っています。ところがある日、母親に身請けの話が来ました。早くに妻を亡くした男が後妻を欲したのです。しかしそれには、子を手放すことが条件だと言われました。子供はまだ小さく、労働力にはなり得ません。男は、自分以外の種でできた子供など欲しくはなかったのです。母親は、一人の女に戻ることを選びました」


 三人の若者の顔色に変化はない。


「彼女は、どうするべきだったと思いますか?」


 その問いに、蹲る少女は躊躇うことなく答えを返した。



『ソレデイイ』



 続いて、脳筋の男が。


「子供は労働力にはならねえんだろ? だったら自分が生きるためには自分が助からなきゃダメだろ。まあ、筋肉を鍛えろ。筋肉さえあればどこでも生きていける」


 そして、詐欺師の少年が。


「子供ならまた作ればいいしね。身請けの話が来るくらいなら、そのお母さん、見た目はいいんでしょ? あとは頑張って旦那さんの財産どれだけ掠め取れるかの勝負だね」



 ああ。

 この悪党ども。


 私はこみ上げてくる笑いを懸命に堪え、足を進めた。


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