3.彼らの物語
3-1
「なんと酷い話でしょう!」
聖陽教会の総本山、その内奥に、甲高い声が響いた。
「自分たちを心配して見舞いに来てくれたメイド長様を巻き込んで死なせようとするなんて! やはりあの連中は極悪非道の大罪人です!」
夕刻。
「ま、まあまあシスター。結局なんともなかったんだし……」
「……ふん」
苦笑するイサム・サトウはすっかり元の穏やかさを取り戻し、セイカ・タナカは、一人黙々と食事を口に運んでいた。
柔らかな白パンと、塩気の効いた具材たっぷりのシチュー。先日まで戦争をしていたとは思えない贅沢なメニューであったが、異世界の聖女に、それを楽しむ余裕はないようであった。
「勇者さまは本当にお優しくていらっしゃるのですね。あのような者たちにも慈悲をくださるなんで……」
しみじみと自らの言葉を噛みしめるシスターの声は、掠れていた。
無理もないだろう。彼女はほとんど一日中、三人の悪党とホグズミードの領主たちを糾弾する街頭演説を行っていたのだ。
『彼らの非道な行いを決して許してはいけません。天は我らに救世主を遣わしてくださいました。いまこそ、この地に真の正義を取り戻す時なのです』
『彼らがいなければ、私たちは隣人と争いを起こすことなどなかった。手を取り合って共に歩む道を模索できたはずです』
『彼らによって引き起こされた戦で、どれほどの命が失われたでしょう。大切な家族を、仲間を、どれだけ私たちが失うこととなったでしょう』
昼間、私がそれを見物していたときには、決して少なくない数の領民たちが集まり、彼女の言葉に耳を傾けている様子であった。徐々に増えていく聴衆に、彼女の顔は掠れていく声と反比例するように輝きを増し、実に生き生きとした表情で三人の悪行を暴き立てた。
先ほども、地下牢での彼らの振る舞いに怒りを呈しながら、彼女の顔には薄ら暗い喜びが隠れ見えていた。
自分が嫌いな相手が悪事を働くことは、密かに喜ばしいものだ。
ただ、私が気にかかるのは、彼女の演説を離れた場所で聞いていた町の男の口から漏れ出た言葉だった。
『なにが今さら偽物の勇者と聖女だ。そんなもん、こっちはとっくに知ってたっつうの』
私が雑踏に紛れて聞こえてきたそのセリフに思わず振り返ると、数人の男たちが集まって顰め面を突き合わせていた。
彼らはこの門前町に住まう工業ギルドの人間たちであるらしい。話を聞いてみれば、袖の下に小金を握らせるまでもなく、彼らは重苦しい口調で事情を話してくれた。
『メイドさん。あんた連中の仲間か? 違う? ああ、まあどうでもいいんだけどよ。あのちっこい女とバカでかい男が偽物だなんてことは、みんなとっくに知ってたんだよ。全くひでえ話だぜ、あの教皇様はよ。俺たちを馬鹿にしてやがる。……ん? なんで知ってるか、って、教えられたんだよ。あいつは……なあ、誰だったっけか? ああ。そうなんだよなぁ。俺もよく覚えてねえんだ』
なんでも、ミソノ様とウシオ様が戦に繰り出しているとき、工業ギルドに話を持ってきた男がいたのだという。何か別の要件があってきたはずだし、確かになにかしらの仕事のやりとりをしたはずなのだが、そちらはあまり記憶に残っていないそうだ。
ただ、その謎の人物について、彼らが唯一覚えていたことがあった。
『……ああ、そうだ。あいつ、連中と同じ黒髪だった。この辺りじゃ珍しいんで、それだけは覚えてるよ』
なるほど、あの詐欺師の少年がひと働きしているらしい。
それが一体どんな思惑なのかは分からない。何か深謀遠慮があるのか、ただ単に仲間を裏切っているのかも(十分にあり得る可能性だ)。
少なくとも、あの得体のしれない少年がこのまま大人しくしているつもりはないらしいことは確かだった。
しかし――。
それが、果たしてこの二人に通用するのだろうか。
「ねえ、サトウくんさ」
ふと、薄暗い声でセイカ・タナカが呟くように声を発した。
「うん?」
「もうよくない?」
「ええ、っと、なにが?」
戸惑うイサム・サトウに視線を合わせず、彼女は言葉を紡ぐ。
「あいつらさ。もうほっとこうよ。どうでもよくない?」
「ええ? いや、どうでもよくは――」
「もう次の町行こうよ。どの道最後はスリザールの首都まで行かなきゃいけないんでしょ? こんなとこでもたもたしてないでさ。イベント進めなきゃ」
「ううん……」
「いいじゃん。もうこの町の人とグリフィンドルの人に任せようよ。どうせあとは処刑するだけなんだし」
そう。
なぜシスターがわざわざ街頭演説などということをしているかといえば、それは三悪党への裁きを領民たちに行わせるためだった。
三日後。
彼ら三人は町の中央広場で晒し者にされる。そこで領民一人ひとりが彼らの処刑か助命かどちらかの票を投じ、彼らの命運を定める。
それは、この町に古くから存在する裁判形式であった。通常の司法を超え、町全体を危機に陥れた大罪人を裁くための法。記録上、過去数度この形式の裁判が行われたことがあるそうだが、助命を受けたものは皆無なのだとか。
要は、罪人たちに生きる希望をちらつかせ、それを踏み潰すことでより強く己の罪を自覚させる(という建前で、要はその絶望の様にみなの溜飲を下げさせる)ための法式なのだそうだ。
「いや。駄目だよ、田中さん。僕たちには、彼らの行末を最後まで見守る責任がある」
澄んだ瞳と真っ直ぐな声で、イサム・サトウは言った。
「あっそ。いいけど、私見ないからね」
「うん。その時は、部屋にいてくれていいから」
「そうする。それでなんだけど――」
彼に一体どんな責任があるというのか分からないが、どうやら彼らは三悪党の処刑を見届けてから次の領土を侵略しに行くらしい。
ふと、言葉を詰まらせた異世界の聖女が、私を上目遣いに見ていることに気づいた。
はて。
「あの、さ。メイド長さん。あなたも、私たちと一緒に来ない? なんか、話分かる人みたいだし……」
恐る恐る、というよりは、こちらが断るとは思っていないような口ぶりで、彼女は唐突に、そう言ったのだった。
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