2-2

 一晩明けて。

 私は次にホグズミード領主の屋敷を訪ね、領主ウッドクロスト伯爵との面会を行った。

 そこで改めてホグズミード側から見た此度の戦の概要を聞き、一通りの話をまとめ終えたのだった。


 状況は、良くない。

 いや、はっきり言って最悪だった。

 ただでさえ我がスリザールと敵国グリフィンドルでは兵力に大きな差があるのだ。そこへ来て、この世のものならぬ、あの赤髪の騎士の言葉を借りれば、反則のような力を持った戦力が二つ。

 さらには、国内でも数少ないまともな領地経営をしていた二領を落とされてしまい、兵站の見通しは絶望的。どう考えても、スリザールに勝ち目はなかった。


 私の目的は、帝都に住まう一番弱いものたちと、王宮で働く一番弱いものたちの命と生活を守ることだ。

 ならば、これはある意味で好機であるとも言えた。このままあの若者二人に取り入り、グリフィンドルには順調にスリザールを攻略してもらう。その上でこの領土のように略奪や殺戮行為を禁じたままでいてもらえれば、私の望みは叶うかもしれない。


 ……いや。

 自分を誤魔化しても仕方ない。

 きっと、そんな未来は来ないのだ。


 スリザールは、もうじき滅びる。


 だから、私にはせめて、このホグズミードでやらなければならないことがあった。



「凍倉さんたちに面会したい?」


 領主との会談の後、何故か私に会いに来たという二人の若者に要件を告げると、二人は意外そうに顔を見合わせた。

 すかさず、「帰る前に連中の吠え面を拝んでおこうと思いまして」と言うと、イサム・サトウは困ったような笑みで、セイカ・タナカは薄暗い笑みを浮かべて、自分たちが同行することを条件にそれを許可した。


「彼らは既に五日ほど地下牢に閉じ込められています」


 教会本山の地下に作られた牢へと私を案内する傍らで、私は改めて彼らの状況を聞いた。

 最低限の水と食糧だけを与えられ、彼らは三人まとめて牢部屋に閉じ込められているのだという。

 クズの少女と詐欺師の少年はともかく、あの脳筋の大男を閉じ込める牢など存在するのかと思ったが、そこはセイカ・タナカが自信をもって答えた。


「平気よ。筋肉じゃどうにもならないようにしてあるから」


 彼女が持つ力は、魔法を自分のアイデアで作り出すことが出来るのだという。普通の魔法使いが幼い頃より特殊な修練を積んで先人の開発した技を習得することを思えば、まさに反則技といったところである。

 その能力自体のなんとかいう名前は忘れてしまったが(昨日自信満々に紹介されたのだが、耳に慣れない言葉だったので聞き流してしまっていた)、その力をもって今回作り出したのは、『日本人しか入ることはできず、日本人には出ることができない結界』なのだとか。


「魔法の効果っていうのは、条件を限定したほうが強くなるのよ。『誰にも出入りできない結界』なんていうのは、まあ作れるけど、弱いの」


 その理屈はよく分からなかったが、それを牢部屋全体に張ることであの脳筋男を閉じ込めることができているのなら、効果は確かなのだろう。

 

 ちなみに、イサム・サトウが自慢げに語っていた彼の能力はさらにわけが分からないものだった。

『敵を倒したときに入る経験値が十倍になる』とだけ言われて、誰か理解できるものがいるだろうか。それとも、あの三人にならばそれで通じるのだろうか。

 もうそれだけで理解を放棄してしまった私だったが、一応礼儀上の問題と今後のためにその詳細を聞いてみたはものの、彼の話は説明されればされるほど理解から遠のいていった。


 レベル? ステータス? スキル? 

 なんでモンスターを殺すと自分の力が強くなるのだ?

 なんで『筋力』のステータスが上がると全身の筋肉が均一に強化されるのだ?

 なんで何一つ訓練も学習もしなかった技が一瞬で使えるようになるのだ?


 こちらが不理解を示すと、決まって彼は苦笑しながら話を流した。

 

『こちらの世界の人たちには難しいですかね』


 そう言った彼の表情は、聞き分けのない子供の扱いに困った大人のそれとよく似ていた。

 いや、扱いに困るのはこちらのほうなのだが……。


 そんな彼は、その爽やかな顔に渋面を作りながら、私を先導していた。

「正直、心苦しいとは思ってるんです。同郷の人間を、こんな場所に閉じ込めておくなんて。ただ、彼らがやったことは決して許されることじゃない。この領で、正式な裁きを受けなきゃいけないんです」

「ふん。自業自得よ。少しは反省してるんじゃないの」


 ……いやいやいや。

 言うほど劣悪な状況だろうか。

 少なくとも最低限の水と食料を与えた上で、まだだ。この程度ではその辺のコソ泥だって根を上げないだろう。


「彼らもそろそろ限界でしょうから、何か差し入れでもと思ってたんですよ」


 いやいやいやいやいや……。



 そうこうしている内に、私は教会の下へと続く階段を下りきり、湿気の溜まった地下牢へと辿り着いた。階段の入口に備えられていたランタンは見向きもされず、セイカ・タナカが自分の杖の先に灯した炎の明かりを頼りに進んでいたのだが、地下廊の扉を開けた途端、通路の奥が何やら騒がしいことに気づいた。


 ああ。このパターンは、あれだな……。


「なんだろう」

「あいつらが泣き喚いてるじゃないの」

「可哀そうに。早く行ってあげよう」


 はあ。

 もう訂正する気も起きなかった。

 この二人は一応、あの三人と同郷なのではなかったのか?



「53! 54! 55!」


 早足気味に牢の前まで歩みを進めた私が見たものは、予想以上に予想通りな光景だった。


 まず目に着くのは、汗を撒き散らして屈伸運動をする半裸の大男。

 その肩に担がれ重し代わりにされた小柄な少女。

 部屋の隅でビスケットを齧りながら、いかにも柔らかそうな大量のクッションに全身を埋もれさせ寝転がる少年。


「「………え???」」


 私の前を歩いていた二人の若者が言葉を失っている。


「56! 5……あん? なんだ、客か?」

「あれ~。サっちゃんじゃ~ん。久しぶり~。どうしたの~?」

「…………ぅぇっぷ」

「おうサっ子! 57! いい朝だな! 58!」

「ん? ちょ、シオくんストップストップ! ソノちゃん吐きそうになってる!」

「あああ……」


 私は、もはや懐かしさすら感じる久々の頭痛を覚え、深々とため息を吐いたのだった。

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