2.獄中の悪党

2-1

 結局その後、私は今後の方針をグリフィンドルの将と会議するため、二人の来訪者ヴィジターも併せて教会本山に居残ることとなった。

 そこで相対した赤髪の騎士は、グリフィンドルの貴族の中でもかなり格の高い家の当主であるらしい。見るからに古強者といった風情の男であったが、その顔は終始苦渋に満ちていた。


 当然だろう。二人の来訪者は、自分たちが手を貸す条件として、グリフィンドル側に一切の略奪行為を禁じていたのだ。

 これには私も困惑した。略奪行為と言われればいかにも聞こえが悪いが、実際のところ軍の運営上必要な行為でもあるのだ。特に今回のような、グリフィンドル側からすれば大規模な侵略作戦の場合、自国から兵士全員の食糧や水を全て用意して運搬するのは不可能に近い。

 ならば現地で調達するしか方法はないが、侵略しに行った先の町や村で、誰が馬鹿正直に金銭の対価を用意するというのだろう。


 事実、我々がホグズミード領のために用意し輸送した食料品や医薬品の一部は、目の前の赤髪の将軍に対価を貰って譲り渡している。

 いや。あちらの貨幣などもらっても困るのだが……。


『どの道もう少しで両国は併合するのですから、構わないでしょう』


 などとぬかしたイサム・サトウのセリフに拳を握りしめて震えていた敵将に、私は心から同情した。

 なるほど。

 今回の戦、どうやらどちらにとっても負け戦であったらしい。

 ホグズミードは強い敗者。

 グリフィンドルは弱い敗者。

 勝者はただ、二人の若者のみ。


 結局この日決まったことといえば、とりあえず私たち救援部隊の面々がこれ以上この領に留まることは財政上難しいため、早々に帝都へ引き上げ、グリフィンドルからの降伏勧告を伝えることだけだった。

 まあ、そんなことを言われてあの愚王がどんな反応を示すか想像するまでもなかったので、私は来訪者二人から譲り受けたアンコを土産に持たせ(そもそもこれは二人が異世界の知識を元に開発させたものらしい。腐敗を進行させない保存容器までセットでもらった)、私は仲間たちを見送って、一人この領に留まった。




「あの男……ウシオ・シノモリと言ったか。彼は強かったよ、本当に。気性の難さえ除けば、我が軍に欲しいくらいだった」


 二人の若者が自分たちに宛がわれた部屋へと引っ込んでいったあと、もう少し付き合いたまえ、と言われた私は、敵国の将と二人、卓を挟んで僅かながらに言葉を交わした。

 私が淹れた熱い茶を含むように飲んだ赤髪の男は、既に敗戦処理を受け入れているかのような口調でそう語った。


「その難を除くのは難しいでしょうね」

「はは。そうかね。ならば、このまま戦友ともとしておこう」


 彼は、戦勝の将だ。

 実際本国にはそう記されて歴史に残るだろう。

 だが、実情がそうでないことは彼自身が誰よりもよく知っていた。

 戦場で敵歩兵との一騎打ちに敗れ、昏倒させられ、本来ならば討ち死にしていてもおかしくはなかったのだ。


 そして、彼は本来ならば不必要な、それこそ異常なほどに譲歩をした条件でホグズミードとの戦後条約を結ばされている。

 彼がグリフィンドルでどのような評価をされるかはわからないが、今後の進退が安泰ということはなかろう。


「メイド長殿。敵国のものである貴女にこんなことを言う、吾輩の無様を笑ってくれ」

「いえ……」

「吾輩は、戦争をしに来たのだ。異世界人だかなんだか知らんが、ものを知らぬ若造のままごとに付き合って、舞台装置おもちゃになりにきたのではない」

「お察しします」


 聞くところによると、あの黒髪の二人がグリフィンドルに現れたのは、ちょうど一年ほど前のことだったという。

 はじめは、やけに流暢にこちらの言葉を操る異国の若者が、冒険者たちの間で話題になったのだそうだ。

 こちらでいう傭兵組合と同じような組織が、あちらでは冒険者ギルドと名乗っているらしく、そこにある日、件の二人が冒険者登録をしに現れた。

 その風貌からどこぞの商家の放蕩息子とそのお目付け役が遊び半分に来たものと思われ、誰も気にしたりはしなかったそうなのだが、彼らは登録後数か月でメキメキと頭角を現した。


 不可思議なのは、そのスピードであった。

 薬種素材の採取から始めた冒険者稼業が、次にほとんど害虫のような小型モンスターの駆除、小鬼の群れの討伐など、徐々に受注する依頼のレベルを上げていき、ついには小型の竜種の単独討伐を成し遂げたことで、彼らの存在は他の冒険者たちにとっても見過ごせぬものとなっていた。

 そのこと自体は、特段おかしなことでもない。現状彼の国で上位ランクと呼ばれる古強者の冒険者たちだって最初は素材の採取やドブ攫いから始めたのだ。

 しかし、確かに最初は見た目通りの力しか持たなかった若者二人が、その容貌に些かの変化もないまま、わずか数か月でギルドのクエストを下から上まで総舐めにしていったのだ。

 はっきり言って、異常だった。


 彼らはまるで、クエストを達成すればするほどその力を増していくようだ、と。そこここで囁かれ始め、気づいたときには、ギルドの冒険者総出でかかっても手も足もでないほどに彼らの力は強くなっていた。

 さらには、クエストの最中で、あちらの有力貴族とパイプを持つ大店の商家の娘の命を救ったところから政財界にまで彼らの存在が広まった。

 

 その段になって、ようやくこの赤毛の将軍騎士は彼らの存在を知ったのだという。


「なあ、メイド長殿。吾輩はな、戦場でウシオ殿と相対したとき、初めは憎しみをもって剣を取った。だが、わずか数合の打ち合いでそんな気持ちは消え去ってしまった。彼の剣は真っすぐで、力強く、大きかった。吾輩の火球の魔術を素手で防ぎ切ったときには感動すら覚えた。ああ、これこそが武の至芸なのだ、とな」


 それにひきかえ、と。

 彼は、立派に生やした口髭の中で唇を噛みしめ、震えながら零した。


の、何が強さだ。何が力だ。まるで親から与えられたおもちゃを振り回す子供ではないか。あんなものは、ただの、そう、ただの……」


 カタカタと、卓上の茶器が震えた。



ペテン師チートだ」



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