1-3
セイカ・タナカの話を聞き終えた私は、彼女には大変申し訳ないが、こう思った。
……それは、迂闊にミソノ様に近づいたあなたたちが悪いのでは?
彼女の悪感情を露わにした語りはひどく攻撃的で、饒舌だった。
こういう口ぶりで他人の陰口を叩く人間は、大抵自分にもどこか後ろ暗いところがあるものだ。
『いや全く、最近の若い官僚は心構えがなっとらん』などと喚く大臣は、凡その場合において自分の伝達不備や朝令暮改を棚に上げている。
恐らく彼女にも、何かミソノ様の機嫌を損ねた明確な心当たりがあるのだろう。同情の余地は大いにあるが……。
彼女の半歩後ろで苦笑交じりにその話を聞いていた少年――イサム・サトウの表情を見る限り、彼女がこの話をするのも一度や二度のことではないのだろう。語り慣れるにつれて、ところどころ脚色したり話を盛ったりもしているのではないか。
この話を聞いて分かったことは、ミソノ様の性格の悪さと悪魔のような智謀が一朝一夕に身についたものではないのだということだけだった。
「僕は一年の時は別のクラスだったから、田中さんの言う事件のことはよく知らないですけどね。でも、篠森君のことはよく知ってます。いや、彼のことはほとんど知らないけど、彼がやったことだけはよく知ってる」
どうやらあの三人に悪感情を持っているのは彼も同じであるらしい。
話を聞くところ、ウシオ様――篠森潮はほとんど高校とやらには行っていなかったのだという。その理由を語ることもなかったとのことで、イサム・サトウもそれを知らなかったそうなのだが、大体の想像はつく。向こうの世界には魔獣と呼べるような生き物はいないらしいことは既に悪党たちから聞いていたので、恐らく人間の武芸者を相手に果し合いでもしていたのだろう。
そして、なるほど、やはりあちらの世界でもウシオ様の行動原理は異常であるらしい。
「篠森君が久しぶりに登校してきたときに、事件が起きました」
高校という施設では、学業以外にも課外活動として様々な取り組みがされているらしい。その一環で、ジュードーという格闘技を修める団体の一人が、ウシオ様にちょっかいをかけた。
そこまで聞いただけで私には話の結末が見えてしまったのだが、イサム・サトウがいかにも稀代の大悲劇が演じられたかのような口調で語ったところによると、その団体――ジュードーブなる十数人の学生たちは全員が重傷を負い、中には再起不能となったものもいたという。
「その中には、僕の友達もいました。あいつは確かにヤンチャなところもあったけど、だからって腕の骨を折られるほどのことをしたとは思えない。彼らの中には最後の大会を控えた三年生だっていたんだ。篠森君が本当に強い人間なら、あそこまでしなくても場を収められたはずだ」
苦渋に満ちた表情で、彼はウシオ様の所業を誹った。
……いや。
今の話は、特に同情する箇所はないような気がするが、どうなのだろう。
というより、首を捩じ折られなかっただけ幸運なのでは?
まあ、こちらとあちらで常識が違うことは承知済みだ。あまり余計な口出しはしないほうがよかろう。
気になる点があるとすれば一つだけ。ウシオ様は戦闘において、決して背を向けて逃げる相手を追うことはない。彼が好むのは狩りではなく闘いなのだ。なぜそこまで力の差がある相手が全員彼の標的となってしまったのだろうか。
「あの、メイドさんは、その……。ずっとスリザールの帝都にいたんですよね?」
彼の語りに付き合って惻隠の念を表わしながら話を聞いていると、不意にそんな質問がなされた。
「ええ。生まれも育ちも」
私は、自身の出自が
このカードを切るかどうかは相手によるのだが、この手の人間には切ったほうがその後の話がスムーズに進むものだ。
「そうですか。随分苦労をされたんですね……」
狙い通りに憐れみの目を向けてきたイサム・サトウには気丈な振りの態度を取り――。
「それでなんでそんななのよ……」
セイカ・タナカが私の胸元を見て呟いた言葉には聞こえなかったふりをしつつ、私は引き続き二人からの情報収集に努めることにした。
「メイドさんは、帝都であの三人組と会ってるんですか?」
若干の警戒心を滲ませつつ発された質問には、迷いなくこう答える。
「ええ。私もあの連中には大いに迷惑させられていたのです」
「「!!」」
一瞬で顔を輝かせた二人の若者は、実に景気よくペラペラとあちらの内部事情を話してくれた。
初対面の人間の心を開くには、他人の悪口を共有するに限る。
どうやらこの手は、異世界人に対しても有効であったらしい。
ただ、やはり話の中で気になる点がもう一つ出てきた。
ことのついでにあの詐欺師――レンタロウ様の話にも触れてみたところ、二人の若者は不思議そうに顔を見合わせて、こう言ったのだった。
「それが、楠君のことはよく知らないんです」
「ううん。確かに、クラスメイトにそういう名前の人がいた覚えはあるんだけど……」
「正直、顔もよく思い出せなくて」
「そう、ですか」
「本当に、印象に残ってないの。教室の中で、いつでもそこにいたような。どこにもいなかったような……」
少し気まずそうに、きっちりと結い上げた黒髪の端を弄りながら、セイカ・タナカは呟いた。
「まるで、幽霊みたいな人だった」
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