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『みなさんは騙されていたのです!!』


 吹き流れる冷たい風に乗って、甲高い女性の声が聞こえてきた。

 バルコニーから視線を下に向けてみれば、私たちのいるこの教会本部の前で、一人のシスターが街頭演説を行っていた。


『あの聖女と勇者は真っ赤な偽物でした! 私は知っています! このホグズミードの領主と、我が聖陽教の教皇が共謀し、彼らを聖女と勇者に仕立て、この領を戦争に巻き込ませたことを!』


 彼女の周りには十数人の人だかりができ、あるいは遠巻きにそれを見守っている人たちも含めて、少なからぬ人々が彼女の話に聞き入っている様子だった。


「彼女は?」

「ああ。シスター、張り切ってるなぁ」

「よっぽどストレス溜まってたんでしょ、可哀そうに」

 苦笑交じりに、呆れ声で、それぞれ眼下の演説を見下ろしていた二人に話を聞けば、どうやら彼女は三悪党がこの領に来た際に、彼らの傍付きを命じられていたのだという。


 ああ。

 それは……。


「大変だったみたいですよ。脅されて、騙されて、頼りにしてた司祭の人も連中に懐柔されちゃって、誰にも助けてもらえなかったんだって」

「そうですか……」

 今すぐ彼女の元に駆け付けて酒でも奢ってやりたい。

 きっと、一晩中でも語り明かせるに違いない。


 ……彼女がこの領を裏切っていなければの話だが。


『この世界を救う本当の勇者に、本物の聖女に、私は出会いました! 彼らこそがこの誤りに満ちた世界を正す救世主なのです!』


「それで、あのシスターを取り込んだわけですか」

「人聞きの悪いこと言わないでくれる? 私たち、あの人が薄汚い連中に攫われそうになってたところ助けただけだから」

「危ないところだったんです。無理やり戦場に連れてこられて、そこではぐれたみたいで……。その時、彼女の話を聞いて、がホグズミードで戦争に加担していることを知りました。その非道ぶりも。彼らを止められるのは、僕たちしかいないと思いました」

「ホント、相変わらずよね、あの女は」

「以前からの知り合いだったのですか?」

「知ってるわよ、そりゃ。嫌ってほどね」


 今にも唾を吐き捨てそうなほど顰められた顔の少女は、厭悪の情を隠しもせず、それでも随分語り慣れた様子で、こちらから聞いたわけでもない当時のエピソードを聞かせてきた。

 ところどころよく分からない単語があったが、何とか理解したところによると、概要はこうだ。


 なんでも、彼らの世界には子供たちを一堂に集めて様々な教育を行う制度があるのだという。そこでは家柄や財政状況などにも関係なく(そもそも身分というものが存在しないらしい。なんだそれは)国民の義務として読み書きや算術、歴史や化学の講義などが行われる。そして、9年にも及ぶ教育期間が終わると、そこから先は希望するもののみ、さらに高度な知識を学ぶために別の施設へと移るのだが、彼ら二人とあの三悪党は、そこで同じ施設――高校というらしい――に入った。

 そこでは夥しい人数の少年少女をいくつかのグループ――クラスにまとめて管理するのだが、タナカなる少女とミソノ様――凍倉いてくら美園は同じクラスに在籍していた。


 あるとき、クラスの少女の一人が化粧道具を紛失したのだという。

 窃盗の疑いをかけられたのは、たまたま一人でクラスの使う部屋から出てくるところを目撃された別の少女だった。その少女は全く身に覚えがないと言い、化粧道具を盗まれた少女とかなり険悪な雰囲気になった。

 また別の日、今度は疑いをかけられた少女の衣服が何者かによって盗まれた。

 そしてまた別の少女に疑いがかけられ、同じような言い争いが起こる。


 またある日には、誰それと恋仲になっていた相手が浮気をしていたと騒ぎになり。

 別の日には、誰それが誰それの誹謗をしていたと陰口が叩かれ。

 あるものは学習机に汚物を仕込まれ。

 あるものは弁当箱に虫を入れられ。

 あるものは頭上から水を浴びせられた。


 不思議なことに、どの事件にも必ず最低一人以上疑わしい誰かが発覚し、それを追及される。しかし、どの場合においても決定的な証拠が掴めず、また疑われたものも犯行を否認する。

 気づけばクラス内の誰もが何らかの事件の被害者であり、また容疑者となっていたのだ。

 当然クラス内の人間関係は到底修復不可能なほどに拗れた。

 誰もが誰もを疑い、憎み、脅え、怖れていた。


 ただ一人を、除いては。


『私がやったわ』


 季節が夏に差し掛かるころ、一人の生徒が、つまりミソノ様が、ぽつりとそう漏らしたのだそうだ。


『最初に○○のリップ隠したのは私よ。で、○○に実は犯人は▽▽だ、って言って、▽▽の彼氏の浮気の情報をあげたの。××のほうは元から仲良しの▲▲が〇〇に疑われてイラついてたから体操服盗むように仕向けたわ。あと、◇◇が一人で歩いてるとき、●●に――』


 彼女はひたすら、教室内に毒の言葉を垂らし続けた。

 事件の真相を。本当は誰が誰の加害者だったのかを。教室内の誰が誰を憎んでいたのかを。今の今まで親友のふりをしていた誰それが、相手を心から見下していたことを。

 人の妬みを。恨みを。憎しみを。僻みを。

 人の持つ、悪意を。

 全て暴いた。


『これに懲りたら、二度と私に友情の大切さとか教えようとしないでよね』


 騒然とするクラスメイトたちに向かって、ミソノ様はそう言い残して去っていった。

 つまり、ミソノ様は、クラス内で孤立していた彼女を仲間の輪に入れようとした少女たちに仇をなすために、彼女らの人間関係をぐちゃぐちゃに踏み潰したのだ。

 たった一つの化粧道具を隠すことで。

 

「わかるでしょ。あの女は、正真正銘のクズなのよ」


 彼女の最初の被害者である少女――田中聖香は、吐き捨てるような言葉でそう締めくくった。

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