...and I

1.同級生

1-1

 時間を一日ほど遡る。


 その日は空の彼方までを薄く張った雲が均一に覆い隠し、冬を迎えた国土に注ぐ僅かな陽の光までをも遮っていた。

 緩く吹き流れる風は身を凍てつかせるほどに冷たく、吐息を白く染めて視界を霞ませる。


 私と救援部隊の面々は、先述の通りホグズミードに入った途端にグリフィンドル兵と二人の来訪者ヴィジターに取り囲まれた上為す術もなく敗北し、鹵獲され、聖陽教の本山まで連行された。

 そこで私は、大いに見覚えのある黒髪ダークヘアをした二人の来訪者――イサム・サトウと、セイカ・タナカとの面会をさせられたのだった。


「僕たちは、平和主義なんですよ」


 その平凡な顔立ちの少年は、極々穏やかな声と表情でそんなことを言った。

 中肉中背で、姿勢は悪く、とても体を鍛えているようには見えない。

 そして、その若者の一歩後ろに佇み、視線を下に落とす少女は、いかにも退屈そうな様子できっちりと結い上げた髪の端を手で弄んでいる。


 それは、どこぞの裕福な商家の御曹司と御令嬢と言われればそうと納得してしまいそうな、身綺麗な二人の若者だった。

 しかし、この少年の操る虹色の光は、百数名に及ぶ救援部隊の騎士たちを僅か数秒で殲滅し、少女の握る杖から放たれる藤色の光は、その全員の傷を一瞬で癒した。

 それはまるで、神話に伝わる初代の勇者と聖女の御業。


 今、寒空の下、見晴らしの良いバルコニーで彼らと向き合っている私は、一切の拘束を受けていない。それどころか、所持品の確認までもパスされたのだ。

 私がこの場で彼らに害なすどんな行動を起こそうと、彼らにはそれを意にも介さず払いのける自信があるのだろう。


平和主義パシフィズム……とは、どういうことでしょう」

 

 だから私は、そんな益体もないことを質問するしかなかった。

 

「平和を愛するってことですよ」

「はあ……」

 案の定、答えにもならない答えが返ってくる。

 やはりの事情を詳しく説明するつもりはないらしい。

 いや、あるいは。彼はその言葉で全てを説明しているつもりなのかもしれない。


「僕たちの国では、子供たちはみな戦争の悲惨さ、平和の尊さを嫌というほど聞かされて育ちます。国と国との争いで人が傷つくなんて馬鹿げてる。僕たちはずっとそうやって生きてきました。だから僕たちは、相手が誰であろうと意味もなく傷つけるようなことはしません」

「……そうですか」

「僕たちは、この世界から戦争をなくしたいと考えています。僕たちの力は、そのために授かったものなんです。そのためには、この世界の人たちの協力が――」


 この、眼だ。

 彼が真っ直ぐな言葉と声で理想を語る、この眼。

 私と会話をしているようで、その実全く私と向き合っていない。ただ、己の信じるものだけを見つめる澄んだ瞳。曇りのない眼。

 私は、こんな眼をした人間をよく知っていた。


「では、一つ聞きたいのですが」

「なんでしょう」


 ただ、そんなことを彼らに告げたところでどうなるものでもない。私は代わりに、先ほどから適当に聞き流していた滔々と続く彼の弁舌を、大して興味もない質問を発して遮った。


「あなた方の生まれた国では、みな子供のころから平和を貴ぶことを教えられている、と仰いましたね」

「ええ。そうです。そちらから見ればおかしなことのように思えるかもしれませんが、僕たちは――」

も、あなた方と同郷とお聞きしましたが?」


 その時、私は初めて彼の瞳を曇らせることに成功した。

 それまで流れるように続いていた彼の眩い言葉が、落石によって小川が塞がれたように途絶えてしまったのだった。

 予め用意していたセリフは淀みなく言えても、不意の質問には弱いようだった。

 ……全く、こんなところまでよく似ている。

 

「あんなのと一緒にしないで」


 その時、それまで終始無言を貫いていた少女が、嫌悪感を露わに話に割って入ってきた。

「あのね、メイドさん。あの三人が私たちと同じ世界から来たのは事実だけど、あんなのはあの三人だけだから。異常者なのよ。はっきり言って」

「田中さん。ちょっと――」

「佐藤くんは黙ってて。あなたも知ってるでしょ。一年のときにが起こした事件のこと」

「それは……」

「私たちはただ帰りたいだけ。こんな世界から、早く――」


 それは、その日ようやっと聞き出せた有益な情報だった。


「元の世界に、帰る方法があるのですか?」


 セイカ・タナカが、はっとした表情でこちらを見る。

 どうやら失言であったらしい。

「だったらどうだっていうの」

「いえ、どうも。ただ、やはり帰りたいものなのだな、と思いまして」

「当たり前でしょ。こんな汚くて、野蛮で、気持ち悪い世界、誰が好き好んで居座るのよ。食べ物だって全然おいしくないし」

「ちょっとちょっと田中さん。言い過ぎ言い過ぎ」

「ふん」

「頑張ってアンコは再現できたじゃん。あとはお米の栽培が上手くいけば――」

「そんなの待ってる間に帰りたいの、私は!」


 そのヒステリックなところ、誰かにそっくりですよ、などと言おうものなら私の命に関わりそうだったので、私は黙って、今となっては遠い過去のように思える記憶を掘り起こした。

 そのは、以前に同じ問いをした私に、どうでもよさそうな声で答えたものだった。


『さあ、よく分からないわ。別にいい思い出とかなかったし』


 違う。

 あまりにも。

 この二人と、三人は。

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