4.最大の詐欺

4-1

 それは、数日前のこと。



魔獣モンスター使役テイムするというのか!?」



 ホグズミード領の中心地、聖陽教の本山、その秘奥にて。

 領主ヘンギストと、教皇グリンゴッツ9世は、邪悪な性根をその笑みの裡に現わす少女の言葉に、思わず悲鳴を上げていた。


「はあ? そんなことできるわけないで……え、できるの?」

「い、いや。まさか。野生の魔獣を手懐けるなどという話は、聞いたことがない」

「なあんだ。期待させないでよ。それができるんなら大分楽になるのに」

「君は何を言っているのだ……?」


 そのか細い脚をむき出しにして椅子にふんぞり返る少女は、テーブルに用意されてあった菓子を頬張りながら話を続けた。

「別に操らなくったっていいわよ。どの道、ここいら一帯が魔力で汚染されてるせいで、ほっといてもあっちゃこっちゃに発生ポップしてるんだしね。土地の精確な情報があれば、つまり、領主あんたが協力さえすればどこに発生するのかの予想も立てられる」

「立ててどうする。確かにここ最近で魔獣の発生例は頻出しているが、そんな偶然に頼ったやりかたで敵軍の侵攻を阻めるというのか」

「そっから先は教皇おじいちゃんの仕事ね」

「私に何をしろと……?」


 できれば聞きたくないだろうに、諦念に満ちた表情で問い直した教皇に、少女は容赦なく告げる。

「あんたんとこの『奇跡』とやら、魔力を祓うことができるんなら、それを集めることもできるわよね?」

「なっ……」

ひかりがあればかげができる。この領の要所要所を無理やり清めちゃえば、もともと不自然に溜まった魔力の流れがさらに極端に偏る。災害図ハザードマップを作るのよ。ただし、敵を嵌めるためのね」


「我々に、魔獣を追い立てる犬になれと」

「そうよ? 後は、魔獣か敵軍か、生き残ったほうをこっちの戦力で狩ればいいってわけ。簡単でしょ?」

「……君に、信仰心というものはないのかね?」

「お生憎様ね。私の生まれた国じゃ、結婚式は外国式の教会で挙げて、新年の初詣は別の宗教の社に行って、葬式はまた別の宗教の坊さんにやってもらうのが常識なのよ。そんで、『あなたの宗派は?』、って聞かれたらこう答えるの。『無宗教です』ってね」

「一体どんな国だね、それは!?」

「待て、チャーリー。話を逸らされているぞ」

「う、うむ……」


「問題の一つは、君の言う災害図とやらが、領民の暮らしと重なった時はどうするのかだ。そもそも敵軍とて小村の略奪から始めるはずだぞ」

「逃がしなさいよ、そんなもん」

「簡単に言ってくれるな。農民が農地を捨てるということがどういうことか分かっていないのか? それに、万が一避難を承知させられたとして、そこを魔獣の縄張りにされてしまえば領の収入はそれだけ目減りする。敵を退けた後で飢餓が起きては目も当てられんぞ」

「そっから先は商業ギルドの仕事でしょ」

「…………」


「ねえ、領主さま。この領の食糧自給率、いくら?」

「は? 何だね、突然。食料……自給率?」

「領全体で消費される食糧に対する領内で生産された食糧の比率よ。なに、分かんないの?」

「……いや。……そうだな。6割程度であろうな」

「その水準、低い? 高い?」

「低いに決まっているだろう。我が家では長年問題視されていたのだ。だが……」

「そこの聖職者おじいちゃんと商人たちのせいで上がらない、でしょ?」

「う、うむ……」


 高位の聖職者たちが集まるホグズミードの領内では、生産者と消費者のバランスが他領と比べて後者に偏っている。それを幸いと商人たちが物流を巡らせ、食糧に関しては他領や隣国からの輸入に頼っているのがホグズミードの現状だ。そして、モノの数とヒトの数が変動しない以上、自分たちの領での生産を上げてしまえば簡単に値崩れが起きる。

 領の流通は血の巡りと同じだ。

 滞るのは勿論困るが、薄くなっても困る。


「つまり、自給に頼らず食いつなぐための下地は出来てる。ツケを払わせるのよ。商人の連中に、さんざっぱら貯め込んだ財産全部吐き出させて食料を買いつけさせなさい。二か月持てばいい。それまで領民を飢えさせなきゃ勝負はつけられる」

「しかし……」

「言っとくけど、私の国なんか自給率40パー以下よ? それでも国民の大半は餓えも知らずにのほほんと生きてるわ」

「く、国が!? 一地方領ではなく国がか!? いったいどうなっているのだ!?」

「落ち着けヘンギスト。話を逸らされているぞ」

「ちっ」

「今舌打ちしたかね!?」


 その後も、二人の権力者と、一人の少女の喧々諤々のやりとりが続いた。

 領主と教皇にしてみれば己と己の治める組織の進退がかかっているのだ。いくら場を整えられてしまったとはいえ、得体の知れない小娘の策略に聞く耳は貸せど、おいそれとそれを受け入れるわけにもいかない。


 応酬される罵声。

 テーブルに拳が叩きつけられた回数は数え切れぬほど。

 激昂した領主の唾が少女の服にかかり、ブチ切れた少女の首根っこを部屋の隅にいた大男が摘まみ上げて席に戻すやり取りは三度。

 さすがに疲弊しきった二人の老人が椅子に深く腰掛け直し、重苦しい溜息を吐いた。


「……ああ、そうだ。商業ギルドはどう説得するつもりだ?」

「はあ?」

「だから。君も最初のほうに言っていただろう。この状況下で奴が我々との会談に応じるとは思えないぞ。彼らの協力なしに、君の策は使えまい」

「ふん。ま、そのくらいは私たちが協力してあげるわ。感謝しなさい」

「だから、どうやって――」

「正確には、協力。か・ん・しゃ・し・な・さ・い」


 そして。


「ヘンギスト、探したぞ! 至急相談がある! はや……げぇぇえ!! き、教皇!? 何故ここに!?」


 三人目の悪党に導かれ、三人目の被害者が会合の場に現れたのだった。

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