3-4

白頭巨鳥ルフが敵援軍に撃破されました。ナンバリングは……5番ですね」

「OK。5番のダメージは?」

「死者2。重傷者3。軽傷者……ああ、回復薬を持ってるな。訂正。重傷者……。いや。見捨てたな。変わりなし」

「士気は?」

「軒昂です」

「よし。もう一区画進ませて。野営地の候補はココと……ココかしら。歩度を報告して。絞り込むわ」

「了解致しました」


 簡素な設えのテントの中に、黒髪の少女が地図を広げて座り込んでいた。

 人工林を拓いて作られた野営地である。

 テントの外には、十数名からなる聖陽教の聖職者が陣を組んで座り込み、一心に祈りの言葉を捧げている。陣の外縁に座り込む司祭の男が、瞑目し、額に汗をかきながら少女と言葉を交わしていく。


 それは、領内に予め設置された法具を媒介に、遠く離れた地の出来事を映像として術者に認識させる聖陽の秘術――。


「しっかし、『ウォッチ』の奇跡ってのは便利ねー」

「恐れ入ります」

「ま、ぶっ倒れられても困るから、もういいわよ。一回休憩して」

「は? しかし、それでは、敵軍の行方が……」

「日の入り前にブラタ村に辿り着く。バーバラ隊に伝令。払暁狙って襲撃。道中2つトラップ仕掛けてるから、戦力は3割減。それならなんとかなるでしょ。あと、3番がそろそろ鷲馬ヒッポグリフの縄張りに入るわ。そっちはダリ隊に行かせて」

「……り、了解致しました」

「それから、ディマリ隊が村人護送してるでしょ。フェリオ隊を走らせてここの丘陵越したところで引き継がせて。ディマリ隊はそのまま北進。川の上流部に敵2番の残党が敗走してるから追撃。可能なら殲滅させて」

「少々お待ち下さい……!」


 術を解き、目を見開いた司祭の頬に、先ほどまでとは違う種類の汗が伝う。

 そんな彼に視線をやることもなく、清らかなローブに身を包んだままあぐらをかいた少女が、地図上の駒を複雑に動かしていく。

「ああ。1時間休憩したら川の下流映して。動きがありそう」

「ほ、本当に、未来が『観えて』らっしゃるのですか?」

「は? 馬鹿にしてん……おおっと。あー。……いや。ええっと……聖陽の光のおかげで? あと、……そう。あんたたちの頑張りでね? 必要な情報は集まったから」


 どこかぎこちない言葉遣いで、黒髪の少女は神への祈りを口にした。

 それを見た司祭の男は、自分より一回りは年若い少女に向け、慇懃な所作で頭を下げた。


「恐れ入ります。

「…………あー。うん。はいはい」


 地図に視線を注ぐふりをして、その黒髪の下に顰め面を隠した少女が、呻くように返答した。





 また、別の場所では。


「な、なんだ、貴様は……?」


 ホグズミードの中央へ向けて侵攻していたグリンフィンドルの部隊の一つが、無人の小村で立ち往生していた。

 その視線の先には、誰もいない村の入り口で焚火をしている男の背中がある。

 灰色の煙が真っ直ぐ空に伸び、じゅうじゅうと、火にかざされた肉の塊から滴る脂の匂いが、辺り一帯に満ちていた。


「よう。いい朝だな」


 それは、筋骨隆々の黒髪の大男であった。

 立ち上がり、振り返ったその口元には、血と脂の汚れ。

 たった一人、赤々と燃える火の前に陣取り、片手には骨付きの肉塊。

 足元に数本の白骨。そして、その背後には――。


鷲馬ヒッポグリフ……」


 皮を剥がれ、肉を削ぎ落され、哀れな躯となり果てた、魔獣の姿があった。


「あんたらが、戦争しかけに来たっつうご機嫌な連中か?」

「貴様は何者だ!? その魔獣をどうした!?」


 部隊の先頭を務める男が声を張り上げるのに対し、黒髪の男は爽やかさすら感じさせるほどに、気安い調子で答えた。


「ああ。ソノ子があんたらに魔獣こいつを仕掛けて、弱らせたとこをぶっ叩こう、つってたからよ。先回りして喧嘩してたんだよ。悪かったなぁ、獲物横取りして。ああ、肉、食うか? 腿ならたっぷりあるぜ?」

「き、君が、一人でその魔獣を……?」

「おう」


 50人程の部隊である。二人のやり取りは全員に伝わり、さざめきのような混乱が起きた。

「君は、……我々の味方か?」

「あんたらがここで一緒に肉を食って、満腹になったら引き返すってんならな」

「……なるほど。では、推し通ると言ったら?」

魔獣こいつの役目を俺が引き継ぐだけだな」


 食べかけの炙り肉を籠に放った大男が、ゆっくりと、そのおおきな拳を握った。

 それに呼応し、男達が武器を構える。


「君一人で我々全員を相手にするつもりか?」

 先頭の男が、長剣を構えたまま慎重に問いかける。

「一体どんな手を使ったのか知らないが、その危険な魔獣を倒してくれたことには感謝しよう。その恩に報い、ここで投降すれば君の身の安全は保証する」

?」


 血と脂に塗れた大男の口元が、獰悪な笑みを形作った。



「おいおい。それじゃあ、投降するわけにはいかねえなあ」



 風が、一陣。


 悲鳴と怒号。

 剣戟の音が明滅し。

 砂煙の中に、血飛沫が舞った。


 そして。

 数分後、静寂を取り戻した世界の中で、その場に立っているのは黒髪の大男一人だけとなっていた。

 そこへ、誰もいないと思われた村の中から一人の騎士が走り寄ってきた。


「お疲れ様です」

「ん? おお。お疲れ」

「聖女様より伝令です。川の下流に発生した巨蟹ジャイアント・クラブを狩猟せよ、とのことです」

「あん? なんだ、抜け駆けしたのバレてたのか。まあいいや。暴れ足りなかったとこだ。案内頼むぜ」

「畏まりました。ところで……」

「あん?」

「まだ数名、息があるようですが……」

「なんだよ、とどめでも差せってのか?」

「いえ。あなたの意向に従いましょう。

「……おう」


 その言葉を聞き、急に声を小さくさせた大男は、先ほど籠に放っておいた炙り肉を取り出し、何かを誤魔化すように豪快に齧り付いた。

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