2-3

 ホグズミードには、大きく分けて三つの勢力がある。

 一つは国民の心の支えたる聖陽教の本山。

 一つは隣国ハーフルバフとの貿易をやりとりする商業ギルド。

 そして、それらを国に代わり監視する貴族、ウッドクロス伯爵家。


 貴族の権威は教会によって保証され、ギルドの商いは貴族によって監視され、教会の信者はギルドによって生活を成り立たせている。

 三竦み、というには少々いびつだし、それぞれが裏では癒着し合って国の目を盗んでは私腹を肥やしている。

 

「あんたんとこの司祭ねー、あれギルドの役員の奥さんとできてるわよ」

「えっ」

「さっき伯爵さまの屋敷で聞いたんだけど、脱税するのにアレとかコレとか色いろ誤魔化してるみたいだしね~」

「えっ」

「なあシスター。お前んとこの僧兵、もうちょっと鍛えさせたほうがいいぞ? さっき喧嘩売られたんだけどよ、全員まとめても化け猫の方が強かったぜ?」

「えっ」


「月一の慈善事業とやらでハーブ入りの乾パン作らされてるでしょ? あれ、トラバーユから仕入れた麻薬だから気をつけなさい」

「ここから東に行った場所に小さな村があるじゃない。あそこにある教会、乱交パーティーの会場になってるんだって」

「肩回りの筋肉が特に足りてねえんだよな。懸垂トレーニングがおすすめだぜ」

「えっ。あの、あの、ちょっと、待っ――」


「密輸された禁制品が――」「先週ビストロ商会で不渡りが出て――」「僧帽筋っていうのは――」「ジルバ子爵家の借金を肩代わりする代わりに――「シスター・アニエスとかいう女が――」「こっちの杖術は――」「裏取引の――」「粉飾が――」「筋肉が――」

「やめてください!!!」


 三方向から代わる代わるにかけられる世にも恐ろしい黒々とした酒飲み話(一名見当違いなものがいるが)に耳を塞ぐことも許されず、シスター・ベラトリックスはいつの間にかこの街の権力者たちの弱みを無理やり握らされていた。


 悪党たちの狙いはこの街を抜けて隣国ハーフルバフへ亡命すること。

 しかし緊張下の情勢で易々とそれができるとも思われず、では一体この街の誰の弱みを握ればよいのかと考えたところ、三つの勢力全てがターゲットにされたのだ。

 どの道どれか一つに狙いを絞れば、芋づる式に他の二つの弱みにも辿り着くのだから、遅かれ早かれというところでもある。

 まずは手始めに、自分たちの監視役を仰せつかった哀れなシスターの精神を汚染し、体のいい手駒にしてしまおうという考えのようである。


「お願いしますお願いします。私の記憶を消してください!」

「ダメよ。私らになんかあったら、あんたに全部喋ったって真っ先に言うから」

「ひぐっ」

「あはは。ごめんね~シスターちゃん。まあこの街出るまでの間だけだからさ」

「う。うぐ。ふぐぅぅぅ」


 頭を抱え込んだシスターに酒を注ぎ、詐欺師の少年は朗らかに笑った。

「領主さんには一回モーションかけたから~。次は司祭さんかな~」

 その言葉にシスターの肩がびくりと震える。

 その隣では、クズの少女が口の端を邪悪に歪めてほくそ笑んだ。

「ま、昼間にあんだけ僧兵ボコっておけば話くらい聞くでしょ。今魔獣が出たら大変だもんねぇ。というわけだから、あんた。明日、つなぎヨロシクね」

「わ、私は、聖陽の神に仕える身です。そ、そのような、悪しき行いに――」

「ああ。勘違いしないで? 別に私たちだけで会いに行ったっていいのよ? その代わり、さっきあんたに喋ったこと全部、あんたから聞いたことにするだけだから」

「ぜひご案内させてください!!」


 絶望に顔を蒼褪めさせシスターに、今日の定時報告でどれだけのことを喋ればいいかアドバイスしつつ、三悪党の酒盛りは続いた。

「ていうかさ、こっちだって有利な話持ってきてやったんだから、普通に関所通してくれたってよくない? なんなの、あの領主。業突く張ってんじゃないわよ」

「まあ、向こうにも建前とかしがらみとか色々あるだろうしねぇ」

「くだらねぇなぁ」

「あ、あのぅ。有利な話、というのは、魔獣の大量発生への対策ということでしょうか?」

「まあね」


 小柄な体躯でこれでもかと偉そうにふんぞり返る少女は、つまらなそうに答えた。

「この領、っていうか、この辺りの地勢と天候を調べて、魔力とやらの汚染が広がる範囲を特定するのよ。あとはこの先どの辺にどの程度の影響が出るかを予測して、備えさせる。あれでしょ? あんたんとこの教会の奇跡とやらで、魔力の除染は出来るんでしょ? そっから先はそっちの領分だから、よく分かんないけど」

「は、はあ……」


 こともなげにそんなことを言ってはいるが、それを昼に伝えられた領主――ウッドクロスト伯の困惑は想像するに難くない。領一つ分の土地と天候の調査と分析など、国家レベルで行う事業だ。


「んな面倒なことしなくてもよぉ。出てきたらとっ捕まえて皆で食っちまえばいいだろ? せっかくでけえ肉が湧いて出るってんだから、もっとありがたがればいいのにな」

「あんたは黙ってなさい、シオ」

「あはは。そうは言ってもね~。どの道もうすぐせんそ――」

「あんたも黙ってなさい! レン!」

「『せんそウォー』……?」

「ウォーマシンってさ、アイアンマンのサイドキックってことになってるけど『マーブルVSカプコン』だと彼がプレイアブルキャラクターだから、むしろアイアンマンをコンパチだと思ってた日本人絶対いるわよね」

「あ、あの一体何のことを――」

「忘れなさいってことよ」


 黒髪の少女が何を言っているのか理解できるものはいなかったが、彼女が何を誤魔化そうとしたのかは、残念ながらその翌日に判明することとなった。


 がくぶると震えながらシスターが三悪党を教会へ案内すると、既に教会内は蜂の巣を突いたような騒ぎとなっていたのである。


「あ、あの、みなさま。一体なにが――」

「ああ、シスター・ベラトリックス。どうしましょう。一体、何がどうなっているのか……」

「お、落ち着いてください。シスター・アンジェリカ。何があったのです。まさか、また魔獣が――」

「いいえ。いいえ。もっと恐ろしいことです。シスター・ベラトリックス。トラバーユが、陥落しました」

「…………え?」

「今朝がたトラバーユへと向かった隊商キャラバンが、戻ってきたのです。かの地には、血のように赤い、グリフィンドルの国旗がはためいていた、と」

「そ、そんな……」


 それを聞いた、黒髪の少女の口から。


「ちっ……。間に合わなかったか」


 そんな呟きが漏れたことに、気づくものはいなかった。

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