2-2
「いや~。なんとかなりそうでよかったね~」
「よかったねー、じゃないわよレン。私に一言もしゃべるなってどういうこと? 筋書考えたの全部私なんだけど?」
「その問題はとっくに議論が済んだと思ってたんだけど……」
「なあ、ソノ子。一個分かんねえことがあるんだが」
「はあ? なによ、シオ」
「俺はいつ大量発生した
「……いや。そういう
その日の晩、
「あ、あのぅ。私もご一緒して宜しかったのでしょうか……」
その食卓の一角に、可哀そうなほど肩を縮めた年若い
彼女はベラトリックス・カーター。大いに同情すべきことに、巡礼者を魔獣から救ってくれた礼の一つとして、教会から彼らの世話役を言いつけられてしまったのである。
まあ、世話役とはいえ、実際のところは――。
「はあ? あんた私らの監視役でしょ? 一緒にいなくてどうするってのよ」
「い、いえ! そんな、監視役なんて! 私はただ、巡礼の方々を救ってくださった皆様に、せめてものお礼をと――」
「じゃあこれから私たちが喋ること一切あんたの上司に報告しないのね?」
「え、ええ、っと、その、それは――」
「も~、ソノちゃん。イジワルするのやめなよ~。ごめんね~、シスターちゃん。好きに報告してくれていいからね~」
「あ、あうぅ」
「ん? なんだシスター。食べないのか? お前全体的に筋肉が足りてないぞ。肉を食え、肉を」
「あうあうあう」
そばかすの浮いた頬を赤くして俯いてしまった彼女を余所に、悪党たちは卓上の料理を貪った。
「しっかし、魔獣ってのも色いろいるのねー。あんな猫一匹になにをみんなしてビビッてんのかと思ったら」
「あれは僕もびっくりしたよ~。いきなりライオンみたいなサイズになるんだもん」
「けどよ、どうせでっかくなれるんなら、なんでもっと強い生き物にならなかったんだろうな?」
「普通人間相手ならライオンサイズで十分だからだと思うよ」
「あ、あのう……」
そこに、再び気の弱そうな声がかけられる。
「なによ」
「そ、その、魔獣、というのは、どのようなものなのでしょう」
「はあ?」
シスター・ベラトリックスは、三人のそれからすれば非常に慎ましい量の食事を口に運ぶ手を止め、恐る恐る問いかけた。
「実は私、生まれたときからこの街を出たことがなくて。魔獣というのも見たことがないのです。ただ、ここ最近、街の外で魔獣がよく現れるようになったと、司祭さまが」
「らしいわね。ちょうど良かったわ」
「よ、良かった? 魔獣というのは、聖陽の神に見放された獣のなれの果てであり、この世の不浄の象徴であると――」
「ああ。そういうことになってるんだ。ふぅん」
「ええ?」
彼女の言う魔獣の成り立ちについては、王宮の一般図書でも閲覧できる知識である。
ただし、それは神学の分野においての話だ。実際には、騎士や傭兵、冒険者たちの記録により、いくらか進んだ研究がなされている。
「あんたが見れる蔵書には、他になんて書いてあんの、魔獣について?」
「え、ええっと、この世界の開闢のおり、聖陽の光の及ばぬ暗がりより――」
「あーあーあーそういうんじゃなくて。実際の話よ。魔獣の生態とか、種類とか、対処法とか」
「た、対処法? え、ええっと、主の御業を信じ、心清らかに祈りをささげ――」
「OKわかった、もういい。なるほど、つまり何にも分かんないってことね」
「は、はあ……」
「シスターちゃんは、魔獣に興味があるの?」
「そ、そんな、不敬です! 不浄の獣に興味など……」
「めんっっっどくさいわねぇ! あんた初めて会うタイプだわ! あのねえ、今更あんたみたいな下っ端の弱みなんか一々握ったってしょうがないっての! 別に誰にも告げ口しないから言いたいこと言いなさいよ!」
つまり、既にもっと上の立場の人間の弱みを握っているということか、などと考えが及ぶほど、シスター・ベラトリックスは世慣れていないようだった。
しばし煩悶としたあと、やはり恐る恐るに、口を開いた。
「私、外の世界のことを、何も知らないんです」
つっかえつっかえ話すその言葉を、三悪党は大して興味がある風でもなく、聞くともなしに聞いていた。
「私、この街を出たことがなくて。外に出たいと思うことも、なくて。それに、私のいる教会は、なるべく俗世との縁を断つように定められてますから、余計に」
「いいじゃない、別に。わざわざ外なんか出なくても、衣食住保証されてんでしょ? 羨ましいわー」
「はい。本当に、恵まれてると思います。でも、最近、街の外に魔獣が出るようになったって聞いて、街のみなさんや、巡礼者のみなさんが危険に陥っている、と。聖陽の教えの元に、みな救われるべき民たちです。なにか私にできることはないかと司祭さまに尋ねても、その……」
「いや、あるわけないでしょ」
「まあ、する必要もないしね~」
「筋肉を鍛えろ」
「は、はあ……」
およそ悩みを相談する相手において、この三悪党ほど不向きな人間もいるまい。
ただ、シスターにとって不幸なことに、その時その場には、彼女以外にはその三人しかいなかったのだ。
「それで、思ったのです。私は、聖陽の教えについては人より多くのことを知っています。けど、それ以外のことは何も知らないのだ、と。街の外には、きっともっと不浄で、恐ろしいことがたくさんあるのだ、と」
「タナトスの欲求ってわけ?」
「たな、……なんですか?」
「いいからいいから」
「はあ。え、ええっと、それでですね。今回の魔獣の発生、きっと何か異常なことが起きてるのだと思うのです。なにか、恐ろしいことが、街の外で。けれど、一体なにが起きているのか、私には到底見当もつかないのです。もしも何か、大いなる災いの予兆なのだとしたら――」
「くっっっっだらないわねえ」
「ええ!?」
黒髪の少女は、大いに顔を顰めてそう吐き捨てた。
「あのねぇ。なんでもかんでも神の思し召しだの災いだの試練だのに結びつけてんじゃないわよ。こんなもんただの人災よ、人災」
「じ、人災?」
「こないだまで、ここの隣の領にいた侯爵さまが、魔法植物の実験やってたのよ」
「と、となり? それって、トラバーユ――」
「それがその侯爵さまぶっ飛ばされちゃって、実験も全部ご破算になっちゃってね。使われてた魔法植物も廃棄されちゃったわけ。けど、馬鹿な連中がまとめて廃棄しちゃったもんだから、土地が汚染されちゃってね。それがこっちの領にまで影響受けてるってわけ」
…………そう。
つまりは。
「つまり、その、ゴイル侯爵に仇を為した人たちが、原因ということですか?」
「まあ、そういうことになるかしらね」
「や、やっぱり、外の世界には悪い人たちがいるのですね。ああ、その方たちにも、聖陽の光が恵まれんことを……」
それを聞いた三悪党は、互いに顔を見合わせた。
そして、黒髪の少女はその日一番の良い笑顔を浮かべてこう言ったのだ。
「そうね。全くだわ」
…………詐欺師は一人で十分だろうに。
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