4-2
そして、ほどなくして。
騒ぎを聞きつけて駆け付けた騎士隊――ゴイル侯爵が金を握らせ手駒にしていた第二師団の部隊によって、彼の身柄は抑えられた。
師団の紋章を見てゴイル侯爵はその潰れた顔に僅かな希望の光を点したが、ミソノ様が何事か耳打ちすると、すぐにその光は潰え、どす黒く染まっていった。
既に、ゴイル侯爵が競売に失敗し巨額の損失を出したこと、それを巻き返すだけの手勢がもう帝都にないことは騎士団全てが承知しているのだ。
金の切れ目が縁の切れ目。
彼の罪を庇いだてる騎士は、今の帝都には存在しない。
やがて満身創痍の体でホラスたち第八師団の面々と共に傭兵たちが現れ、変わり果てた
私はその場で三悪党たちと別れ、このひと月ほどの間に起こった一連の事件、その絶望的に面倒な後始末に着手した。
件の晩のことは、一応の体面上、レストレンジ侯爵監督下のもと、ホラス隊が傭兵たちの力を借りてゴイル侯爵の不法取引を摘発した、ということになっている(これまた一応、人体に魔力を付与することに関してはその方法を厳格に定めた法律があるのだ)。
私の仕事は、一通りのストーリーに筋を通し、裏付けを偽証し、王宮の大臣や官僚たち、文官、武官、それらをそれぞれの派閥ごとに色分けし、誰にどれほどの情報を共有させるかを精査し、勢力図を整理すること。
こんな言い方をするとたかだか一人のメイドが国政を裏から牛耳っているかのようだが、実際のところ私のやっていることなど、嘘に嘘を塗り重ねて見た目だけは綺麗な騎士と傭兵の冒険譚を執筆する作業に他ならない。
今回の一件で利を得た大臣にはニコニコと肩を叩かれ、害を被った大臣には舌打ちを浴びせられ、我関せずとメイドを侍らせ酒を呷る国王には雑事を言いつけられ、労苦を分かち合う官僚たちにはハーブを差し入れられ、メイドたちには隈隠しの白粉を譲られ、どうにかこうにか形を付けた時には、既にあの晩から一週間が経っていた。
その日の仕事をひと段落させ、自室にて寝間着に着替えようとしたところで、いつの間にかエプロンドレスに手紙が仕込まれていたのに気づいた。
要件は不明だが、文面は簡潔。明日の晩に組合に顔を出せとの由である。
この激務続きの日々の中で何故明日の晩なら私の体が空いていることを知っているのか知りたくもなかったが、まあ、このまま知らぬふりというわけにもいくまい。
そういえば、レギュラスの遺体は、研究のために引き取りたいと強引に迫る王宮お抱えの魔術師たちを殴り飛ばした上で、火に葬して弔われたとか。
墓石をどこに建てたのか、誰ぞに聞けば教えてもらえただろうが、私に彼の墓参をする資格があるとも思われず、結局あの晩以来、傭兵たちの顔も見ないままだった。
翌日。
その日は昼過ぎから薄い雲が帝都の空を覆っていた。徐々に厚みと濃さを増す灰色の雲は、沈みゆく陽の光をその奥に隠し、ほどなくして冷たい雨を降らせた。
私がいつにも増して重い足取りで、もはや通い慣れた組合本所への道を歩いていくと、まだ建物も見えないほどの距離から、雨音に紛れて、低く、小さく響く音が聞こえてきた。
ぉぉぉぉぉぉ。
その音の正体と意味を察した私が困惑しつつも歩みを進めると、やがて氷雨に濡れそぼる傭兵組合の本所が目の前に現れる。
板を下ろした窓から漏れる橙色の明かりと、そして――。
ああ。このまま帰ってはダメだろうか……。
唐突に膨れ上がったその衝動になんとか抗いつつ、扉を開けた私の顔を、熱気が叩いた。
『うおおおおおお!!!』
次いで感じたのは、目に痛むほどの強烈な酒精の匂いと、男たちの汗の匂い。
「勝者ぁぁぁ! ホラァァァァス・スラゴォォォォンンン!!!」
「うおぉぉ!!」
「これで20人抜きだぁぁぁぁ!!!」
「くそがぁぁ!!」
「たいちょぉぉぉぉ!!」
「HAHAHA!! さあ、誉ある傭兵の諸君! お次は誰かな!?」
霞む視界に、それでも目を凝らしてみれば、むくつけき男たちが諸肌を晒し、わざわざ大仰な舞台を作ってアームレスリングに興じている。
いつも以上の大所帯と思ってみれば、そこには傭兵たちに交じってホラス隊の騎士たちも混じっている。まあ、全員半裸なので判別しづらいが。
「おや! そこにおわすのは麗しのメイド長じゃないか!」
「おお! メイド長殿!」
「姉御!」
「よく来たな!」
壇上に立つホラスがこの馬鹿騒ぎの中でもよく通る声で私を呼ばうと、半裸の男たちが赤く茹った顔で、腐臭の如き酒精の吐息を撒き散らしながらずかずかと近づいてくる。
私はすかさず飛竜の短剣を引き抜いて、逆手に構えた。
ぎょっとした男たちの足が止まる。
「私の手の届く範囲に近づいたら切り落とします」
「「「なにを!?!?」」」
「HAHAHA! 諸君! 美しい花は手折るものではなく愛でるものだ! メイド長! すまんがそこで僕の雄姿を見守っていてくれたまえ! 男・ホラス! 今、貴女に勝利の美酒を捧げ――」
「誰か。あの男を黙らせてくれたら酌をしてあげますよ」
「「「うおおおおお!!!!」」」
「メイド長!?」
壇上に男たちが殺到し、ようやく一呼吸つけた私の足元に、小さな影が近づいてきた。
「お姉ちゃん。いらっしゃい」
「パンジー。あなた何をしてるんです?」
鳶色の髪の
「私、今度から
「受付嬢?」
「うん」
なんでも、レギュラスが前々から、ボトル・ベビーの何人かを正式に雇う準備を進めていたのだとか。いつの間に仕立てたのやら、決して上物とは言えないが、きちんとしたデザインの制服まであつらえられて、パンジーは嬉しそうに微笑んだ。
「そういえば、キャシーはどうしました?」
あの半壊寸前のお屋敷から無事に抜け出したかどうかも定かでなかったが、聞けばどうやら、仲間のもとには帰り着いていたらしい。
しかし――。
「あのね。あの貴族様のお屋敷から盗んできたモノ、そのまま持っててもしょうがないから換金しようとしたんだけど……」
『馬鹿ね。あんたたちみたいなのが質屋に行ったってまともに相手してくれるわけないじゃない。ほら、私が代わりに行ってきてあげる』
「ああ……」
「それでね。ミソノが横取りして、そのままネコババされちゃったの……」
「そうでしたか……」
「キャシー、落ち込んでた。でも、『人から盗んだものは、人に盗まれても文句は言えないよ』って、レンタロウに言われちゃって」
「ええ。残念ですが、その通りですね。パンジー、今回のことを教訓にして――」
「うん! 今度はミソノにばれないようにやろう、って、みんなで相談したの!」
「あああ……」
きらきらした瞳で私を見上げるその顔に、邪気はない。順調に悪影響を受けている妹分たちに私が頭痛を堪えていると、その遥か上から声がかかった。
「おう、サっ子! いい晩だな!」
驚くべきことに服を着たウシオ様が、こちらを見下ろし手を上げていた。
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