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「傭兵組合の本所に、猟奇死体ですか?」
王宮の私の元にその報がもたらされたのは、悪党たちの密談から三週間ほどが経ってからのことだった。
その日、朝一番で買い出しに出かけていた若いメイドが、街中がやけに騒がしいと様子を伺いに行ってみれば、騒ぎの中心は傭兵組合の本所前であった。
傭兵の一人に話を聞いてみれば、まだ払暁の時分、異様な届け物があったのだという。それは大人一抱えほどの大きさの木箱で、簡素な封を通り越して生臭い匂いを放つそれを開けて見れば、そこには人間一人分の死体が収まっていたのだとか。
「人間一人分? どういう意味です?」
その妙な言い回しを私が問い直すと、若いメイドは周りの目を気にしつつ、声を潜めて私の耳に顔を近づけた。
「それがぁ、……あ、メイド長ってぇ、グロい話とか大丈夫な人です?」
木箱の中に押し込められていたもの、それは全身を焼かれ、潰され、へし折られ、引き千切られた惨殺死体だったのだ。
ご丁寧にその肉塊の真ん中に、かろうじて生前の面影が判別できる頭部が飾りのように収まっていたのだという。
「もう私ぃ、怖くて怖くてぇ」
「そうでしたか。朝から災難でしたね。ご苦労様でし――」
「なんかぁ、届けてきた人があのゴイル侯爵家の家紋をつけてたらしいんですよぉ」
「え?」
「あの超絶お金持ちの貴族サマがそんなことするくらいだからぁ、何か組合の人たちがやらかしちゃったんじゃないかぁ、って。でもですね。傭兵のおじさんが言うにはぁ、組合にこんな顔の男はいないそうなんですよぉ。じゃあじゃあ、一体殺されたのは誰なのか――」
「怖いというわりに大分首を突っ込んでますね……」
そういえば、この娘はメイドたちの中でも一番の読書好きであった。また何かよく分からない読み本に影響を受けたのかもしれない。
「それでですね、メイド長~」
「はあ。何です?」
「その殺された人、黒髪だったらしいんですよ」
「……え?」
この国の人間は、多くが金か茶系の髪色をしている。稀に銀色に近いブロンドの髪もいるが、黒髪というのは、全くいないわけではないがかなり珍しい。
そう。
あの三悪党のように、血縁でもない人間が三人集まっていることなど……。
「そう、ですか」
私が平静を装い、それに見事に失敗しながら発した言葉に、若いメイドの瞳がきらりと光った。
「メイド長~。ひょっとして心当たりとかないです?」
「ありませんよ、ミルファ。それと、どうにもきな臭い話のようですから、このことはあまり吹聴しないように」
「あは。無理でぇす」
「ならば私が『あまり吹聴しないように』と言っていたことは忘れないように」
「それならぁ、了解でぇす」
「はぁ……。一応、あとで騎士の方に話を聞いておきましょう。あなたにも伝えられるような話であればお教えします。ただ、これ以上はくれぐれも首を突っ込まないでください」
「ちぇ~」
「……」
「いふぁいです~」
呑気な顔で笑うミルファの柔らかい頬を摘まみ上げて仕置きをしていると、私の背後から低い声がかかった。
「おや、騎士団がどうかしたかな?」
その、悪寒が背筋を撫で摩るような声に振り返れば、にやにやと下卑た笑みを浮かべる中年の男が、ずかずかと歩み寄っていた。
すかさず私の背後に隠れたミルファの代わりに一歩前へ出て、その男――第一師団の師団長に会釈をした。
「何か困りごとかね、メイド長」
「いえ。城下が何やら騒がしいようでしたので話を聞いていましたが、どうも傭兵たちの内輪揉めのようですので、騎士の方々に足労をかけることはないかと」
「そうか。それは良かった。ならばちょうどいい。メイド長。今度我が家でささやかながら催しものがあるのだがね。メイドを何人か融通してもらえんかね」
なにがちょうどいい、だ。
この男が求めているのが単純な労働力としてのことであるならば、正規の手順を踏んで一人二人派遣することに問題はない。
だが、その程度の人員を、伯爵家の当主でもあるこの男が融通できないはずがない。彼が私の部下たちに求めているのは、別の役割だ。
「申し訳ございませんが、私の一存では決めかねます。陛下にご決裁を頂きませんと」
「いやいや。何もお忙しい陛下の御手を煩わせることもない。メイド長、あなたの裁量で何人か見繕ってくれたまえ。そうだな、なるべく大人しめの女で――」
そういう
私が後ろ手にミルファへ合図を送り、この場から離れるように指示を出しつつ、このエロオヤジにどう対処するか方策を練っていると、そこに意外な助けの手がかかった。
「そこの男。俺のメイドに何か用か」
その不機嫌そうな声に、その場の全員が跪いた。
そこに立っていたのは、まだ年若い一人の男であった。
脂で整えられた金色の髪。体つきは痩せぎすで、身に纏う豪奢な衣装が浮いて見える。不健康な食生活によって荒れた肌に浮く雀斑を無理やり白粉で塗り固めているせいで、蝋人形のような無機質な印象を与える顔つき。
「これはこれは陛下。ご機嫌麗しゅう」
ユースタス・サラザ・スリザール。
この国の、最高権力者の姿であった。
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