3-3
『あのね、サク。あの手の悪党にとって一番大事ものって何だと思う?』
それは、通算何度目かの密会の場で、ゴイル侯爵の催す競売の予定日までもう幾日もないと思われていたときのこと。
ここ数日で姿を消した
『それは……お金、でしょうか』
『残念。正解は、《信用》よ』
『はあ……』
『金なんてのは結局ただの手段であって、それを持ってることが目的なんじゃない。本当に大事なのはその使い道と、それを集めるシステムなの』
『システム……ですか』
『例えばだけど、サク。この前飛竜退治行ってきたときさ、出発前にその辺の裏路地に屯してる野良犬みたいな男が鑑定書つきの本物の龍涎香持ってきて、「これ絶対に本物だから金貨10枚で買ってくれ」って言ってきたとして、買った?』
『いえ……』
『あるいは。……そうね。「この宝石、こないだ王宮から盗んできたんだけど、売りに行くのに隣町まで運ぶの手伝ってくれない? 大丈夫、検問の衛兵には話通してるから」って私に言われて、すんなり引き受ける?』
『絶対に断ります』
『でしょ? 逆に、サクが行商人だったとしてさ。もし「密輸は重罪です。ただし、特に国境で荷物の検閲はしていないし、市場に官憲が立ち入ることもありません」なんて国があったら、どうする?』
そこまで言われて、なんとなくミソノ様の論旨が分かってきた。
つまり、金になる悪事には、それに加担する誰かが必要になる。
その誰かの手を曳く方法が必要不可欠なのだ。
『そういうこと。でも、普通の人間がなんで得すると分かってて悪事に手を染めないかっつったら、それはバレたときのリスクが大きいから。なら、相手に加担させるのに一番大事なのは何を置いても一に信用。自分との取引でお前がリスクを負うことはないっていうことを信じさせられるかどうか、ってこと』
確かに、ゴイル侯爵はもう何年も公的な捜査の手を向けられながら一度たりとも罪に問われたことがない。
そしてその事実が、次の取引において『信用』という武器になる。
つまり言ってしまえば、ゴイル侯爵は勝ち続けるからという理由で勝ち続けることができる。
『だからね、例えば競売の開催を阻止しようとか、証拠を掴んで逮捕しようとか、そんな方法でケンカ売ったって端から勝ち目なんてないのよ。向こうはその日のために手ぇ広げて準備してるんだし、広げた手を掴んでる連中が全力で妨害してくるんだもの。仮にあのレストレンジとかいう侯爵家を告発したってどうせすぐに切り捨てて別の場所で競売始めるに決まってるじゃない。向こうの手札の枚数が分からないのに、出されたカードが最後の切り札かどうかなんて判別できないでしょ?』
なるほど、しかし、では何故ここまで執拗にゴイル家の手札を削り続けてきたのか……。
『言ったでしょ? 盤面をぶち壊すのよ』
そう言って、ミソノ様は口の端を三日月形に歪めた。
まだあどけない少女の顔に、底なしの邪悪が宿る。
『明日よ。明日、レストレンジ邸で「エレクト」の競売が行われる』
『あ、明日!?』
『もう会場の設営は済んでるみたいね。参加者が裏ルートからぞくぞく集まってるわ』
『そんな。どういうつもりですか! それでは――』
『ええ。競売は予定通り開催させるわ。ある一点を除いてはね』
『ある、一点……?』
『前にも言ったと思うけど、兵器にとって必要な条件ってのは二つだけ。必要な時に効果を発揮することと、それ以外の時には発揮しないこと。そして、「エレクト」はただそれだけじゃ制御不能の怪物を生み出す凶薬にすぎない。兵器として広く売りに出すなら制御薬――「クワイエタス」が不可欠となる』
その二つの名前と効果は、既にレンタロウ様が情報として持ち出していた。
ミソノ様がそれを聞いて打った策。
それは――。
『ねえ、想像してみて? 今日は前々から楽しみにしてた新兵器のお披露目会。ホストはあの悪名高いゴイル侯爵。怪物を生み出すグロい花と、それを制御するお薬がセットでお買い得。でも。もし。そのデモンストレーションの場で、制御薬が全然効かなかったら?』
『これを服用しておけば、ご覧ください、このように自我を保ったまま……え? あれ? 暴走しちゃってません? ちょっとちょっとどうなってるのよ。こんな危ないもの使えるわけないじゃない。
『そしてそして? たまたま警邏にあたっていた騎士たちがその場に駆けつけて、暴走する全ての怪物をなんなく倒しちゃったら? おいおいどうなってるんだハニー。こちとらわざわざ危ない橋を渡って競売に参加したってのに、肝心の商品が制御はできないわ、たかだか騎士の一分隊にあっけなく倒されちゃうわ、とんだファッキンビッチじゃねえか!!』
『さらにさらに? それまで子飼いにしてた傭兵組合のいかにも頭悪そうな連中に離反されたことが明るみになっちゃったら? それどころかそいつらにゴイル家と裏で繋がってる連中が次々と破滅させられてるのがバレちゃったら? ジーザス! 一体何人のお友達が、繋いだ手を離さないでいてくれるかしら?』
『ねえ――』
「――どう思う、侯爵サマ?」
そして、今、まさに。
悪徳の根源たるゴイル邸の薄暗い廊下で、屋敷の主は自身よりも二回りは若い少女によって、追い詰められていたのだった。
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