2-5

『まずは皮剥きから始めるわよ』


 それが、ミソノ様の策の一端であった。


『ざっと調べた感じだと、あのクソ侯爵、確かに隙が少ないわ。どっかしら切り込んでもすぐに切り捨てて別の場所でカバーされちゃう。この国の構造がガバガバなのが問題なんだろうけど、そこは言ってもしょうがないしね。けどまあ、不死水蛇ヒュドラの倒し方なら古典マニュアルに倣いましょ』

『マニュアル、ですか?』

『片っ端から、切って、焼く』


 それは例えば、彼の資金源の一部であり、麻薬の卸先でもある奴隷商人。


 彼を潰すために狙われたのは、帝都の一等地で私腹を肥やす公爵家の御令嬢だった。

 たまたまミソノ様と近い年齢だという理由で目をつけられた彼女は、詐欺師の巧みな話術で外の世界に拐かされ、当然のように拉致された。

 私とホラスの全力の抵抗で彼女自身を奴隷商人の元へ送ることは阻止されたものの、その代わりに『令嬢に扮したミソノ様をわざと拉致させ、その監禁先で手下に扮した傭兵に「彼女は手違いで捕らえてしまった公爵令嬢である」と報告させ、公爵家に護送させる途中で本物と入れ替わる』という何が何だかよく分からない作戦の監督を私が務める羽目になってしまった。


「いやあああ!! 近寄らないで! やめて!! いやああああ!!!!」

「おい、落ち着けよ。なにもお前さんに危害は――」

「き、汚い! 臭いわ! 臭い臭い臭い!!」

「え……」

「ケダモノォォォォ!!!」


 まあ、本当に不憫だったのは訳も分からず監禁された令嬢と、彼女の世話を言いつけられた傭兵たちで間違いないだろうが……。



 そして、ゴラス家と繋がりを持ち、各種取引場所の斡旋を行っていた司祭の男は、礼拝の場にて衆人環視の下ボトル・ベビーの女児数人に囲まれ――。


「な、何だね君たちは――」

「おじちゃん、私たち、またお小遣い欲しいの」「ねえ、こないだと同じこと、またしてあげるから」

「……は?」

「私たち、頑張るから」「もう嫌がったりしないから」

「おい待て、何を言って――」

「あ、ごめんなさい。呼び方間違えちゃった」「ね、パーパ♡」

「やめろぉぉぉぉ!!!!」


 翌日、裸一貫で帝都の裏路地へと放り出された。

 独り身のはずの彼の自宅からは、若い(幼いと言ってもいいくらいの)女性の衣類が多数見つかったという。

 彼女たちの名誉のために断っておくが、彼女らはただ、ミソノ様に渡された台本を意味も分からないままに読まされただけである(ちなみに、その中の一人は現場を目撃していた貴族の目に適い、ちゃっかり養子として引き取られるという抜け目のなさを見せた)。



 その他、ゴイル侯爵に繋がる騎士や貴族たち数人が悪辣極まる姦計によって失脚・捕縛され、彼の手勢はまさに果実の皮を剥くように、あるいは多頭の怪物の首を一つずつ潰すように、丁寧に狩られていった。


 恐ろしきは、時に商会の若頭、時に奴隷商人、時に通りがかりの衛兵、その他千変万化の変装で次々と要人たちを欺き、罠に嵌めていったレンタロウ様である。

 彼は敵の本丸たるゴイル邸に出入りし、そこでも数種類の人間に成りすまして(それどころか本物の密偵に染髪の偽装を施して)疑惑を逸らし、情報を集めてはミソノ様へそれを送り続けていたのだ。



「おいクソガキ」

「何よクソオヤジ」


 私が密かに薄ら寒い気持ちで、椅子を三つ並べて寝転がるレンタロウ様の様子を伺っていると、疲れ切った声と不機嫌そうな声が交わされた。


「これからどうすんだ」

「これからって?」

「とぼけんな。もう傭兵おれたちの離反はバレてんだろう」


 実はこの三週間、レギュラスは何度かゴイル邸に出入している。

 あくまで無関係の立場として三悪党の情報をリークし、操作することでこちらの手の内を隠すというミソノ様の策の一環であったが、その間に行われた数々の謀略は、到底一から十まで証拠を隠し通せるようなものではない。恐らくは、傭兵たちがそれに関わっていることも、向こうは掴んでいるだろう。

 だからこそ今朝、惨殺死体が組合本所に届けられたのだ。


「だが、それにしちゃ反応が温い。死体だけ送り付けて何も言ってこねえってのはどういうこった。てめえの言う通り、今日は少人数での出歩きは控えさせたが、いつまでもこの調子で警戒し続けるのは無理があるぞ」


 確かに、それは私も疑問に思っていたのだ。

 仮にも自分の手駒の造反が発覚して、それを一日以上も放置しておくなどということがあるだろうか。

 そして、何より気がかりなのは、これだけレンタロウ様が本丸を探り、ゴイル侯爵の協力者を何人も潰しておきながら、肝心の競売の日取りも場所も未だに掴めていないことであった。


 どれだけ彼の手勢を削ろうと、肝心の競売を止められないなら意味がない。

 

「ん~。まあ、大丈夫じゃない?」

 しかし、ミソノ様に焦りや困惑する様子は見受けられない。空の茶器をちろりと舐めて、何でもないことのようにそう言った。


「あん?」

「あんたらに手出ししない理由よ。

「……そうかよ」


 用済み?

 その言葉だけで意を汲めたらしいレギュラスが重い溜息と共に消え入りそうな声を漏らす。

「あの、ミソノ様。それはどういう……」

「ふん。あのね、そもそもなんであのクソ侯爵がこいつら手駒にしてたと思う? 表立った武力ならお抱えの騎士がいて、裏の手なら自前で持ってんでしょ?」

「はあ。それは……」

 いまいち言葉の意図が読めない私が間抜けに相槌を打つと、その先を継いだのはレギュラスだった。

「なんのこたぁねえ。俺たちは、ただの小間使いだった」

「……」


 ああ。

 そこまで言われて、ようやく私にも察しがついた。

 小間使い。雑用係。文字通りの、ただの手駒。

 別に、彼らでなければならない理由などなかったのだ。

 ゴイル侯爵にとって傭兵組合の人間など、ないならないで別に困らないと、わざわざ報復だの口封じだのに手を回すほどのことでもないと、そういうことなのだろう。

 

「なあ、クソガキ」

「なによ」

「俺ぁよ、昔――」

「いやぁぁぁ。聞きたくない聞きたくない。オッサンの昔話とかマジで聞きたくない。やめてやめて」

「てめえ……」


 いかにも重い話を始めそうだったレギュラスの言葉を遮り、ミソノ様が心底嫌そうな渋面を作った。

 あの、なんなら私、聞きますけど……。

 

「……アマンダとかいう人の話ならもう聞いたわ」

「けっ。そうかよ」

「ふん。命日だか何だか知らないけど、墓参りならしばらくやめときなさい」

「うるせえや。お前さん、ウチの連中手駒にすんのは構わねえけどなぁ、一個だけ約束してもらうぞ」


 そこで、言葉を区切り、レギュラスは挑むような目線をミソノ様に向けた。


「は? 何よ」

「あのクソ貴族が泣きわめいて土下座するまで、しくじるなよ」


 その、手入れの行き届いた口髭の奥に不敵な笑みを、目尻に皺の寄った瞳に強い光を宿し、男は言った。

 それを正面から受け止めて、クズの少女は嗤う。


「飛びっきりの吠え面用意してあげるわ。スケッチ係用意しときなさい」


「はっは。そんなら俺に任せな。こう見えて昔――」

「いやぁぁぁ。聞きたくない聞きたくない。オッサンの自慢話とか聞きたくない」

「クソガキがぁ!」


 そのまま、悪党たちの悪巧みは続き、それに付き合わされた私が王宮に帰り着いたのは翌日の早朝であった。



 そして、三日後。


 何の痕跡も、何の兆候も見せず。


 組合長レギュラスは、忽然とその行方をくらませた。

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