1-5
すっかり三悪党色に染められて久しい傭兵組合の元締めが、疲れ切った様子で隣の卓に腰を下ろした。
「おや、レギュラス。ご無沙汰だね!」
「ホラス坊。悪いことは言わねえ。こいつらには関わるな」
「お二人とも、面識が?」
後ろで三人が「おう、おやっさん」「何よクソオヤジじゃない」「久し振り~。一緒に飲む?」とがやがや声かけるのを鬱陶しそうに手で払い、ホラスとのみ酒器を交わした組合長が一口だけそれを呷る。
「
「懐かしいね。あれから何年経つことやら」
「そうでしたか。その方は……」
「死んだよ」
「……失礼致しました」
ふん、と鼻を鳴らした組合長に、いつになく優し気な笑みを浮かべたホラスが話しかける。
「今日はどうかしたのかな、レギュラス。久闊を叙するにやぶさかではないが、言ってくれればこちらから伺ったのに」
「なに。特段の用事もねえや。たまたま見たくもねえ顔が見えたと思ったら、てめえがその中にいたもんだから、つい声かけちまった」
「そうかい」
そのまま無言でもう一度献杯し合った男二人が酒を飲むのを見て、私はそういえば聞き捨てならないことを言われたと思い起こして問いかけた。
「あの。組合長。私が、彼らの引率者というのは……」
「あん? 知らねえのか。ハングルトンの連中が噂ぁ広めてんのよ。えれぇ美人のメイドが引きつれた若者三人が、村を襲った飛竜を退治した、ってな」
「それは……」
「ウチにカチこんだ所も見られてたからな。王宮のメイドが半裸の大男連れて組合を半壊させたって、街中でちょっとした噂になってら」
「ふ――」
風評被害だ!!
私があまりの事態にわなわなと震えていると、申し訳なさそうな目でホラスがこちらを見てきた。
「メイド長。残念だが、貴女の容姿はなかなか目立つからね……。その噂なら僕も聞いたことがある」
そんな……。
膝から崩れ落ちそうになった私の肩をホラスが叩き、組合長が新たなジョッキを握らせてきた。
いつもなら絶対にしないことではあるが、私は一息にそれを飲み干すと、赤く色づきそうなほど酒精の濃い溜息を吐き、腰を下ろした。すかさず胸に伸ばされたミソノ様の手を(いつもより強めに)叩き落とす。
「で? おめえら、次はとうとう侯爵サマに手ぇ出そうってのか」
ため息交じりに発されたその問いかけに答えたのは、真っ赤になった手の甲を摩るミソノ様だった。
「何よ、また止める気? 言っとくけど――」
「止めやしねぇや。ただ……」
「うん?」
「いや――」
組合長は、何か大きなものに挑むような目つきで(そう。それはまるで今朝ホラスがウシオ様に向けていたような)、ミソノ様、ウシオ様、レンタロウ様の顔を順に見つめた。
「やれるんだろうな?」
そんなことを聞かれて、彼らの答えが否であるはずもない。
「誰にもの言ってんの?」
「心配すんなよ、おやっさん」
「ねえ組合長さん。そんなことよりさ、そろそろ
「却下だ、クソガキ」
鼻を鳴らして手中のジョッキを干した組合長の、手入れを放棄された口髭の奥に、微かな笑みが零れたのが見えた。
なにか、胸のつかえがとれたような、安堵の笑み。
私の横でホラスが何かを感じ取ったか、遠慮がちに問いかける。
「レギュラス。アマンダのことならば……」
「詰まらねえこと言うんじゃねえや、ホラス坊。もう済んだことだ」
「……失敬した」
消えそうな声で引いたホラスを横目に、組合長は空になったジョッキを叩きつけるようにテーブルへ置いた。
「おうクソガキ。そういうことなら、
「はあ?」
その言葉に、ミソノ様が胡乱気な目を向ける。
「どの道、あのクソ侯爵とは手ぇ切るつもりでいたんだ。最後に唾吐きつけてやらあ」
「……いいの?」
「なんだ、気ぃ使ってんのか?」
「はっ。んなもん生まれてこのかた使ったことないわよ」
たまには使ってくれてもいいんですよ?
主に私に。
まあ、それはともかく。
今までミソノ様は、傭兵たちにゴイル侯爵家へ表立っては歯向かわない方針を取らせていた。今回の企みにおいてもホラスたち騎士の一派を利用するだけで、傭兵たちを関わらせるつもりはないようだったのだ。
ただ、当然手駒が多いに越したことはないのも事実。
肩を竦めたホラスと、それきり黙り込んだ
ウシオ様が鳥の骨を噛み砕く音が数度響いたあと、「よし」と呟いて、小さな顔が上げられる。
「じゃあ、レンはもう直接ゴイル邸に潜ってもらうわ。何でもいいから片っ端から情報持ってきて」
「は~い」
「シオは傭兵たちの仕事全部肩代わりしてちょうだい。サボってると勘づかれちゃうからね。とりあえず明日から魔獣退治ハシゴね」
「おう」
「ホラ男のおっさん。あんたにはクソ侯爵が手ぇ回してる師団にちょっかいかけてもらうわよ。内容は後で詰めるわ」
「いいだろう」
「サクはゴイル家の敵対派閥の中の公爵家か伯爵家で、私と同い年くらいの令嬢がいるとこピックアップしといて。なるべく馬鹿そうなやつね」
「嫌な予感しかしないのですが……」
静かに頷いたホラスと引き気味の私の横で、レギュラスが鼻を鳴らした。
「ふん。で、
「そうね、あんたたちはとりあえず――」
それを見上げる少女の口元には、悪魔のような笑みが。
「ビジネスマナーの研修ね」
「「「…………んん??」」」
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