1-3

「いや、参ったな。完敗だ!!」


 仰向けに転がったホラスが、清々しい声で言い放つ。

 それを助け起こす騎士たちの顔は、一様に蒼褪めていた。

「き、きさま……!」

 震える声で帯剣に手を伸ばす若者を、ホラスが制する。

「やめたまえ。これは正式な決闘だ。僕を辱める気かね?」

「しかし、……隊長!」

「その芳心を有難く受け取ろう。だが、今後何の咎もなく彼らに手を出すことは許さない。みなに厳命しておいてくれたまえ」


 不承不承にその言葉を飲み込んだ若い騎士に、ウシオ様が木刀を突き返す。

 よく見れば、その柄は無数に罅割れ、原形を失っていた。


「一振りで、こんな……」

 それを見たホラスが苦笑する。

「やれやれ、凄まじいな。さてウシオ君。君が勝った時の条件を聞いていなかった。なに、約定は違えんとも。なんでも言ってくれてかまわん」

「今晩一杯奢れよ。できれば肉が上手い店がいい」

「承知した。いいところを知ってるんだ。期待してくれたまえ」

「ちょっとちょっとちょっと。勝手に話終わらせてんじゃないわよ!」


 そこにずかずかと割り入ったのは、不機嫌面をますます拗らせたミソノ様であった。

「なんでも言う事聞くのよね。ならまずは騎士団の構成と人員と警備の配置を――」

「待てソノ子。これは俺とホラ男の決闘だ。お前の言う事聞かせたきゃお前が戦えよ」

「はああ!? 今更なに言ってんの!? 役割分担はどうしたのよ!?」

「HAHAHA! 構わんとも! 可憐なお嬢さんの我儘など、なにはなくとも聞いて差し上げるのが騎士というものだ。なに、どの道同じ敵を狙うもの同士、情報交換はさせてもらうつもりだった。よろしく頼むよ、ミソノ君!」

「…………とりあえず、私とやりとりするときはあんたじゃない人にしてくれない?」

「おやおや、これは手厳しいね!」


 すっかり元の調子を取り戻したホラスを見て、私は安堵よりも不安を感じてしまっていた。

 今回の彼の行動原理が分からないのだ。

 一人の男として強者と力比べがしたかった?

 断言してもいいが、絶対にそんな理由でホラスは剣を取らない。

 

 あるいは、敢えてウシオ様との決闘に自分が敗北することで、自分の部下たちが彼らに手出しできないようにした?

 そのあたりが妥当であるようにも思われるが、その手前のやり取りがどうにも不自然だ。

 というより、この数分間の間で、彼の中の揺れ動いたような……。


「ああ、そういえば、君たちのもう一人の仲間……レンタロウ君といったかね? 彼は今何を?」


 そんな私の戸惑いをよそに、軽く周囲を見回すようにして、ホラスが問いかけた。

 それを聞いたミソノ様の口元が、にちゃりと邪悪な笑みを浮かべる。

「さあ? どこにいるのかしら」

「うん?」


 そう。

 ホラスが彼らに隠し事をしていたように、彼らもまたホラスに隠し事をしていた。

 いや、実のところその企みは、まったく隠れてはいないのだ。

 それは流石にばれるのでは、と無駄な抵抗とは知りつつも止めようとした私を嘲笑うかのように、そこにいた。


 ホラスを助け起こし、悪党二人に憤懣の念をありありと叩きつける騎士団員たち。

 その中の一人が、その場の誰にも気づかれないだろうタイミングと角度で、私に目線を合わせてきた。


 ぱちりと、ウィンクを一つ。


 その口元に、僅かばかりの微笑を潜ませて。





 そして、その日の夕刻。

 帝都の目抜き通りから一つ小路に入ったところに居を構えるバーにて。


「…………いや、参ったな、これは」


 朝方と同じセリフを、まったく虚勢を取り繕えずに発したホラスの向かいに、改めて三悪党が勢ぞろいしていた。


「ごめんね~。ホラさん。ソノちゃんがどうしてもっていうからさ~」

 カツラと化粧を解いて素の顔に戻ったレンタロウ様が、その言葉と裏腹に全く悪びれた様子もなく無邪気に笑う。

 ウシオ様は彼一人に与えられた七面鳥の丸焼きを頬張りご満悦。

 ミソノ様は不機嫌そうな顔でパンの切れ端を揚げたつまみを、ぼそぼそと齧っていた。


「君は、その、一週間ほど前に配属になったはずだろう。正式な令状も、第二師団からの……」

「あそこなんかもうズブズブじゃない。一番緩かったから偽の小切手掴ませて文書偽造させたわよ。今ごろ『お風呂屋さん』で豪遊して借金塗れになってんじゃない? 首括ってなきゃいいけど」

「あああ……」


 もう意味のある言葉すら発せなくなってホラスに心底同情しながら、何故か同じ卓につかされた私も頭の痛い思いをしていた。

 しかし、そんなことをして大丈夫なのか?

 第二師団の師団長といえば伯爵家の次男坊で、とにかくプライドの高いことで有名だ。自分を陥れた小悪党をみすみす野放しにするとも思えない。

 流石にアシがつくのではないだろうか。


「大丈夫大丈夫。ほら、ちょっと前の強盗たちから、ゴイル家の使いの証くすねておいたのよ。あのクソ侯爵が目障りな第八師団の分隊長を消そうとしてるって、さりげなく吹き込んどいたから。何かあってもあっちに恨みが向くわ」

「君は、なんというか、その……噂以上に……」


 クズでしょう。

 騎士道精神が邪魔して女性相手に汚い言葉を使えないホラスがなんとも言えない苦い表情を作る。

 当のミソノ様はといえば、果実の汁で薄めに薄めた蜂蜜酒をちろりちろりと舐めながら、こちらもホラスの顔を忌々し気に睨め上げた。


「ていうか、捜査に魔道具持ち出すとかやめてよね。こっちは全然分かんないのよ、そういうの」

「その言葉が聞けただけで重畳としておくよ……」

「今まではよく分かんないもんに触りたくなかったから避けてたけど、これを機に少し勉強してみようかしら、魔術とやら」

「ミソノ様。呪術は魔術の中でも取り分け扱いが難しく、誰かを呪うにはそれ相応の代償が――」

「呪いをかけると決め打ちしてんじゃないわよ」


 え? 違うのか?

 それ以外、彼女が魔術に対して何の用があるのだろう……。


「ううむ。それは難しいだろうね。魔術というのは先天的な才能を、幼少期からの特殊な訓練によって少しずつ開発して身に着けるものだ。君の才能がいかほどのものか分からないが、その年齢で改めて魔術を修めるのは至難だろう」

「別に自分で使えなくったっていいわよ。使える奴を私が使えばいいんだから」

「君は本当に恐ろしいな……」


 いいえ、ホラス。

 この連中の恐ろしさはまだまだこれからです。

 そんなことを咄嗟に思ってしまった自分に嫌気が差し、私は自分のジョッキを力なく傾けた。


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