1-2
『決闘を申し込む?』
『ああ』
『一体何故そんなことを……。あなたらしくもない』
『ふふ。それはね、メイド長――』
『はい?』
『男の世界というやつさ!』
『…………お好きにどうぞ』
それが、ホラスからの隠し事であった。
一体何をはぐらかしたいのか、下らない言葉で私を煙に巻いたホラスの思惑は今になっても分からない。
「要件は簡単だ! 僕が勝ったら、是非入団の件を前向きに考えてもらいたい。そして、快く入団してくれた場合には――」
そこで初めて、ホラスはその瞳に剣呑な色を宿した。
「君たちがこの都に来てから犯した罪を、全て白紙にしようじゃないか」
「あん?」
常に鷹揚な態度を崩さないウシオ様の眉間に、僅かに皺が寄った。
そういう方面に話が及べば、残念ながらそこからはミソノ様の領分である。それを察した黒髪の少女は、不機嫌そうな顔に一層の影を宿し、前へ踏み出した。
「下らないこと言ってんじゃないわよ、おっさん。あんたなんかに許されなくったって、こっちは証拠残すようなことはやってないっての」
「お嬢さん。それで済まされては騎士団の存在する意味がないのだよ。これを見たまえ」
「は?」
ホラスが取り出したのは、掌に収まるほどのサイズの一葉の紙片と、懐紙に包まれた一本の髪の毛であった。
紙片には青いインクで複雑な紋様が描かれており、その上に髪の毛を乗せると、その先端が持ち上がり、ミソノ様を指した。
「……きも」
「それについては申し訳ない。だが、これの意味するところが分かるかね?」
「知るわけないでしょ。けどまあ、あんたのそのクソむかつく態度から察するに……そうね。それは、宮殿の大書庫にでも落ちてた髪の毛かしら? んで、その紙は上に乗った髪の毛の持ち主を指してくれる、と。そんな感じの
それは、騎士団の魔術部門が管理する魔道具の一種だ。使用法は概ねミソノ様の言った通りだが、それを使用するにあたりどれ程煩雑な手続きが必要かまでは分かるまい。
ましてや、書庫の中から二か月前に落とされた髪の毛一本を探し出すことに、どれだけの労力が支払われたかなど。
恐らく、ホラスは今日、寝ていない。
「これは我が国の司法において正式に証拠と認められる代物でね。帝国の知識が眠る大書庫への無断立ち入りは重罪だ。もちろん君たちが不埒な目的で侵入したわけでないことは承知しているが、法とは
「別にいいけど、サクも道連れよ。私があることないこと喋りまくってあげる」
「せめてあることだけにしておきたまえ。我が国の魔術には嘘を看破するためのものもある。そして、ご心配には及ばず。僕のこれまでの功績を惜しまず支払えば、彼女一人くらいなら無罪にできるとも」
「言ってる側から法を枉げてんじゃないわよ」
その場の雰囲気が、徐々に剣呑さを増していく。
ミソノ様とウシオ様の一挙手一投足を見逃すまいと、騎士たちが緊張しているのがこちらにも伝わってきた。
そんな中。
「ふわぁ~ぁ……」
大口を開けて、欠伸を一つ。
ウシオ様が、退屈しきった顔で大きく伸びをした。
「……ったく、せっかくの良い朝が台無しだぜ。だから正義のためには戦うな、っつってんだよ」
「シオ。あとちょっと我慢して」
鋭い声でそう言ったミソノ様を無視して、ウシオ様が前に出た。
「下らねぇなぁ、ホラ男」
「なんだと?」
「男がこれから拳で語ろうってのに、ごちゃごちゃ御託並べて何が楽しい? 理由がなきゃ戦えねえってんなら、
その言葉に、ホラスは一瞬呆気に取られ、言葉を失った。
「…………そうだな。君の言うとおりだ。無礼を詫びよう」
そして、普段の彼からは想像もできないほど微かな声でそう言うと、気恥ずかしそうに微笑みを溢した。
それを見たウシオ様が、なんの気負いも感じさせない呑気な声で言った。
「負けたほうが勝ったほうの言う事を聞く。それで十分だろ」
「いいとも!」
快活な声を取り戻したホラスが、背後の部下から訓練用の木刀を受け取った。
同じものをもう一振り、ウシオ様に手渡す。
「得物使うのは趣味じゃねえんだが、まあ、そのくらいは合わせてやる」
「感謝する」
受け取った木刀を一振り、二振り、握りを確かめるウシオ様を見るホラスの目は、私が今まで見たことのないものだった。
羞恥と、慈しみと、憧憬……? その瞳に、少年のような輝きが宿っていた。
「は~あ。馬っっっ鹿みたい。ねえ、これさ。私来る意味あった? サク。疲れちゃったから胸揉ませてもらうわね」
「当然の流れであるかのように揉もうとしても駄目です。ほら、下がりましょう」
「うっっっざ」
……いや、待て。なんで私がミソノ様と一緒に下がるんだ?
私、どちらかといえばホラス側の人間では?
私が無意識にとった自分の行動に密かに戦慄している間に、両者の準備は整ったようだった。
ホラスは右前の半身で、片手で握った木刀の切先を真っ直ぐ相手に向ける、騎士の正式な決闘様式。
対するウシオ様の構えは、やはり見たこともないものだった。
両手で握り締めた木剣は同じように真っ直ぐに相手に突き出され、しかしその両脚は前後に大きく開かれ、腰が低く沈み込んでいる。あれで咄嗟に動けるのか?
「……ミソノ様。ウシオ様は剣術も使えるのですか?」
「うん? さあ、構えてるんだから使えるんじゃない?」
「そういえば、盗賊たちを倒したときも飛竜と戦ったときも、戦い方が随分違うようでしたが」
「ああ。格闘技ってんなら大概は出来るらしいわ。プロレスでも柔術でもムエタイでもカラリパヤットでもプンチャックシラットでも三島流喧嘩空手でも」
……何故だろう。どれも初めて聞く流派のはずなのに、最後の一つだけ胡散臭い感じがするのは。
「……で? あのホラ男とかいうおっさん、体は丈夫なの?」
「そこはせめて『どのくらい強いのか』と聞いてもらえますか」
「ドノクライツヨイノ~?」
「弱いわけがないでしょう。実力だけなら師団長を務めていてもおかしくないんです。数年前に隣国との小競り合いが起きた時は、まだ一兵卒でありながら敵の首級をあげる働きをしたそうです」
「ふ~ん。で?」
「ただ、まあ……」
およそ四歩分の距離を開けて正対する両者の間に、そこだけ時間の流れが重くなったような緊迫感が漂っている。
緊張した面持ちでそれを見守る騎士団の面々と裏腹に、ミソノ様の顔は、ただただ退屈そうなそれであった。
私も実のところ、戦いの行く末を見守ろうという気にはなれなかった。
正直、言いたくはないのだが……。
「
ずぱぁぁあん!!!
一体なにをすればそんな音が出るのか、高らかに宙を舞った木刀の破片が地に落ち、それと同時に、ホラスの身体が正面から崩れ落ちた。
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