Beware of Fraud

1.悪党の引率者

1-1

『この国の民たちのために、悪党たちを最大限利用すべきです』


 よくもまあ、我ながら心にもないことを言ったものだった。

 この国の民がいったい何人いるのかなど知る由もないが(一応国土院の白書としては統計資料があるものの、どこの領主だってバカ正直に正確な数字を報告してなどいない)、彼らの命の大部分など、私にとってはどうでもいい。


 それは例えば、行きつけの雑貨屋の店主であったり。

 私が差し入れを持って行くたびに死んだ魚のような目でそれを受け取る税務官の青年であったり。

 先週王宮に招かれたばかりの、田舎訛りの消えない若いメイドであったり。

 庭師の老爺であったり。

 弟妹も同然のボトル・ベビーたちであったり。


 私が守りたいと思うものは、たかだかその程度のものだ。


 しかし、比較するのも烏滸がましいことではあるが、私と同じく帝都に住まいながらも、私よりも遥かに『守りたいもの』が多い者がいる。


 それが、王宮騎士団第八師団第五分隊隊長――ホラス・スラゴーンだ。



「HAHAHA! 君がウシオ君だね! 僕はホラス! 見ての通り、騎士のお兄さんさ! よろしく!!」


 時刻は払暁過ぎ。

 底冷えのする秋の空気が溜まる都の外れ。先月までボトル・ベビーたちが根城にしていた空き地で、鶏も怯えるほどの声を放つホラスと、汗だくになった半裸の大男が正対していた。


「おう。サっ子から話は聞いてるぜ。よろしくな、ホラ

「ほ、ホラオ? 何故だろう、なにかひどく不名誉な響きを感じるのだが……」

「ウシオ様。とりあえず何か着てもらっていいですか?」


 ああ、このセリフ、口にするの何度目だろうか……。


 この場にいるのは、ホラスとその部下たる数名の騎士団員。

 そして、私とミソノ様、ウシオ様である。


「ねえサク。この寝起きに悪い男なんなの? 耳キンキンするんだけど」

「ホラスはいつもこの調子ですので、諦めてください」

「HAHAHA! そしてそこにおわす可憐なお嬢さんが、ミソノ君というわけだ。麗しき乙女の朝を邪魔してしまったことは申し訳ない! だが生憎とこの時間しか空けることができなくてね。ご容赦頂ければ幸いだ!」

「私、あんたのこと嫌いだわ」

「せめて苦手くらいに言ってあげてください……」

「これは手厳しい!」


 なぜこんな時間に人眼を忍んで騎士たちと悪党を面通しさせているかといえば、他ならぬ私の提案によるものであった。

 この帝都における悪徳の殆ど全てに手を伸ばす貴族の男――ビンセント・ゴイル。

 彼を長年マークしていたホラスの働きが、たまたま目に着いたから消しておこうなどというノリでミソノ様に邪魔されてはかなわない。ならば早めに互いの情報を共有させ、共闘とまではいかなくとも、せめて邪魔にならないようにしておこうと考えたのだ。


 しかし、ミソノ様たちはたまたま、運よく、奇跡的にまだ札付きにはなっていないものの、叩けば叩くほど埃が出てくる身の上である。あまり大っぴらに友誼を結ぶわけにはいかないと、こうして秘密裏に密会する運びとなった。

 秋晴れの早朝にもうもうと蒸気を燻らせるウシオ様は、私から見れば新手の刑罰かなにかかと思われる早朝トレーニング(日課だそうだ)を終えたばかりで機嫌よくホラスと握手を交わし、それと対照的に不機嫌さを全身から瘴気のように立ち上らせるミソノ様は、私の半歩後ろに下がったまま目線すら合わせようとしない。


 それを満面の笑顔で見つめるホラスと、やはり対照的に不審げな、もっと言えば不満げな目でそれを囲む数人の若い騎士たち。

 彼らからすれば、突然降って湧いたような会合だろう。どこの馬の骨とも知れぬ若者たちが自分たちの隊長に横柄な態度で接し、それを笑って受け入れるホラス――。

 まあ、面白かろうはずもない。


 さて、実のところ、私は両陣営よりそれぞれ一つずつ、この会合の前に隠し事を打ち明けられていた。

 何故私が板挟みに、などと思ったところで今更後戻りも出来ない。私が気まずい思いで場の動向を伺っていると、先に切り出したのはホラスのほうだった。


「ありがとうウシオ君。君は本当に素晴らしい体をしているな」

「おう。あんたもな。こっちに来てから初めて見たぜ」

「それは光栄だ! そこで提案なんだが――」

「あん?」

「騎士団に入る気はないかね?」


 その申し出を受けて、眉を吊り上げたのはミソノ様だった。

「はあ? なに寝ぼけたこと言ってんの、おっさん」

「HAHAHA! ぜひ気軽にホラスと呼んでくれたまえ! なに、僕は生まれてこのかた寝ぼけたことがないのが自慢でね。もちろん冗談でもない。君のその自慢の筋肉ちからを、市井の人々を守るために使ってくれる気はないかね、ウシオくん」


 その快活な声と裏腹に、やはり背後に侍る騎士たちの顔は不満げであった。

 そして、それに対する答えは、拍子抜けするほど呆気なく――


「ねえな」


「……ほう。理由を聞かせてもらっても?」

「俺の筋肉は俺が戦うためのもんだ。クソ親父の教えでな。まあ、大概はロクでもないもんばっかだったが、一個だけ役に立ってるもんがある」

「それは?」

「『正義のためには戦うな』」

「なるほど」


 その言葉に含まれた意味をどう噛み砕いたのか、ホラスはしばし黙考し、騎士たちの顔つきの不穏さが増す。

 やがて改めて顔を上げたホラスの口元に、笑みはなかった。


「ならばウシオ君。今ここで、僕と決闘してもらおうか」

「いいぞ」


 あの、ウシオ様。少しは驚いたり戸惑ったりしてくれませんか……。

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