interlude

1

『ある侯爵家当主の独白』



 世の中には、金になることがいくつかある。

 たとえばそれは、安心であったり、安寧であったり、安全だとか言われるものだ。

 高揚だとか、快楽だとか、陶酔だとか、そういったものもよく金になる。


 旅先で危険な目にあったらどうしよう。

 敵が強い武器を持っていたらどうしよう。

 身内に裏切り者がいたらどうしよう。


 この世はとかく、不安に満ちている。


 どうぞご安心ください。

 私がその不安を取り除きましょう。

 さあ、強い力を持ったひとを護衛につけましょう。

 彼らには強い武器を持たせましょうね。

 これで安心。

 裏切りが怖い?

 ならこのお薬を使いましょう。

 みんな、本当の気持ちを話してくれますよ。


 ストレスが溜まりますか?

 このお薬を嗅げば、ほら。スッキリするでしょう。

 まるで天国に召されたよう。

 もう一袋欲しいですか?

 それとも、あなたの言う事をなんでも聞くお人形を用意しましょうか。

 もちろんオーダーも受け付けます。

 どうぞお好きなようにお使いください。


 騎士団が怖い?

 大丈夫。私がお話しておきますからね。

 ほら、あなたの身は安全です。

 さあさあ、どうぞご遠慮なく。



 私にお金を払いなさい。



 ああ。

 お金、お金。

 どうしてこんなものをあくせくと集めなければならないのか。

 隠れてコソコソと。

 陰からチマチマと。

 全くお金を稼ぐということは難しい。


 それでも私が金を求めるのは、自分の『安心』を手に入れるためだ。

 滑稽なことではないか。

 他人の『安心』を食い物にして得ようとするものが、自身の『安心』だというのだから。

 

 生きることにはとうに飽いたが、死ぬに良い日は未だ見つからぬ。

 私は死にたくない。

 だから、金を稼ぐのだ。


 

 今、私の手の中には、私の掌握する組合組織の収支報告書が束ねられている。

 頭の痛いことだ。

 先月大損を出した傭兵組合。あの組合長の顔を思い出すだけで口に苦い唾が湧いてくる。

 せっかくのビジネスが7割方の進捗で凍結してしまった。

 損害なんてものは大嫌いだ。


 しかし、おやおや。

 今月の収益が僅かにプラスに傾いている。

 あの図体ばかりが立派で、こちらがあれこれ指示を出さなければろくに仕事もできない木偶の坊どもが(まあ、そうなるように調教したのは私なわけだが)、一体どんな手を使ってこんな数字を作ったのやら。


 まあ良い。

 増益というのはいい言葉だ。

 ひょっとすると、決算を粉飾している可能性もないではないが、あの連中にそこまでの知恵が回るとも思わない。


 さあ、大きな仕事の準備をしよう。

 先月の損失を補ってあまりある、大きな大きなお仕事だ。

 もっとお金を。

 もっとお金を稼がなければ。


 そう。


 審判の日は、すぐそこに迫っているのだから。

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