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 それは、私が己の名を悪魔たちに明かしてしまってから二日後のことだった。


「HAHAHA! 待ってくれメイド長。理解が追い付かない!」

「実は私もなんです」


 翌週に控えた社交パーティーの警備の打ち合わせに王宮へ来ていた旧知の騎士――ホラスを、私は殆ど無理やり従業員部屋に連行し、ここ数日の一連の出来事を打ち明けていた。

 理解できない事柄を理解できない者が語るのだ。語られた相手も迷惑だろう。

 しかしそうは言っても、私にだって一人で抱えきれるものとそうでないものがあるのだ。


 はじめこそ「おやおや! 貴女から人眼につかぬ場所にお誘いとは光栄だね。いや、今日は参内だからと慣れぬ香水などつけてきたのだが、どうやら功を奏したようだ!」などとほざいていたホラスだったが、私の話を聞くにつれて徐々に頭痛を堪えるような顔になっていった。


「その盗賊団というのは、昨日に傭兵組合の本所の前に捨てられていた、あの見るも無残な男たちのことだね?」

 みぐるみを剥がされ、人の尊厳を失うほどの辱めを受けた彼らは、まるで嫌がらせのように再び傭兵団へと突き返された。他ならぬ傭兵組合によって捕縛され、地方の開墾地にて奴隷労働に従事する予定であったものたちが、何故いまだに街中にいたのか。巷では様々な流言が飛びかっているそうだが、ことの真相を知っている側からすれば、随分ときつい皮肉だ。


「なるほど、彼らを打ち据えたのは例の三人組だったのか」

 ご丁寧に騎士団の詰め所に投書をして報せをもたらしたおかげで、あの荒くれものたちはホラスたちの手に渡ることとなった。

 そこから捜査の手が伸び、失踪事件の被害者のうち最近の数人は保護に成功している。しかし、下手人たちはその役割をかなり細分化されていたようで、お互い自分たち以外の仲間の情報はろくに持たされてなかったのだという。 

 辛うじて辿り着いた細菌兵器(?)とやらの実験施設には、例の青い花が大量に栽培されていたそうなのだが――。


「生憎、に繋がりそうな証拠は見つからなんだよ」

「そうですか……」

「まあ、このくらいで尻尾を掴ませるようなものでないことは承知の上だ。しかし話は変わるがね、メイド長」

「はい?」

「あのならず者たちはそれぞれが既に相当な重傷を負っていた。そこに加えてあのような非道な仕打ち。その三人組、話に聞く以上に性根の曲がった連中のようだね」

「…………」


 いや、それは、ボトル・ベビーたちが……。


「はい。そうなんです。特にあの少女が」

「うん? 今なにか誤魔化したかい?」

「いいえ。まったく」

 そうだ。罪を被るのは一人でよい。

「そうかね? しかしメイド長。あの十三人の男達を、ウシオという青年は本当に一人で?」


 まるで弱者を甚振るように、わざと派手な挙動で相手を殴っては投げ、投げては締めてを繰り返していた男の姿を思い起こす。


「ええ。それどころか、遊びのような余裕を見せていました。あと倍の人数がいても結果は変わらなかったのではないかと」

「成程、相当な手練れというわけだ。しかし、げに恐ろしきはミソノという少女だね。あの蒼疽症を、大した病気ではないと?」

「彼女が言うには、罹患するのは普段から衛生状態が悪い者が殆どだから死亡率が高いのであって、正しく治療を行えば恐るるには足らない、と」

「そうは言っても、富裕層の人間に症例がないわけではあるまい? エリクシルのみが唯一の特効薬というのは、私も認識していた知識だ。確か、高位ランクの癒術師ですら手も足もでなかったという記録を読んだことがある」

「それは……」


 それについては、あの少女から説明はされていた。されてはいたのだが……。

『あんたたちが癒術とか言ってる謎の技術は体の〇〇〇を××して傷を治してんでしょ? けどこの病気の原因は◇◇◇なんだから一緒に××したって逆効果よ。あと▶▶▶が●●なんだから普通の薬使ったって――』

 矢継ぎ早に繰り出される単語を殆ど理解できなかったせいで、内容が頭に入ってこなかったのだ。


「ううむ。そうなると、僕の先日の発言は撤回せざるを得ないだろうね」

「は?」

「この時勢、つ国からの移民とは考え難いと思ったが、その話を聞いては、むしろ我が国の人間であると考えるほうが難しかろう」

「そう、ですね」

「医学についてそれほどの造詣を持っているのだ。考え得るとすれば東方のハーフルバフか、あるいは西方のレイブンクリューか……」


 いずれも、大陸に名を馳せる大国だ。確かに彼の国ならば、スリザールには存在しない知識があっても不思議ではない。

 しかし。


(本当に、そうだろうか……)


 あの、邪悪な知性と博覧の知識。単に外つ国のものという、それだけでは済まない不穏さを感じるのだ。彼らの用いる言葉の端々に、どこか異質なものを感じるのは、私だけではないはず。

 そしてそれは、あの三悪党全員に共通している事柄でもある。


「私としては、三人目の男も同等に恐ろしく感じましたが」

「ほう。というと? 確かレンタロウと言ったかね」


 あの乱闘の際、荒くれたちを壊滅させた張本人は、実のところあの変装の達人だった。

 彼の発破がなければ男たちはあの場から逃げ出していただろうし、流石の三悪党も十三人の男たちに一斉に逃げ出されては全員を捕縛することは不可能だったはず。

 だからこそ、あえて“場”を彼らにとって有利に見えるように偽装することで、彼らの逃亡を阻止し、結果として一網打尽にしてみせたのだ。まあ、それを言っては、そもそも何故一網打尽にする必要があったのかという話になるが……。


「今この場で何を言っても信じて貰えないとは思えますが、私には魔術で変装したようにしか見えませんでした。あの技術だけ取ってみれば、国の諜報部に欲しいくらいです」

「ほう! 貴女にそこまで言わせるとは、なかなか興味深いね。しかしメイド長――」


 そこでホラスは、ためらいがちに言葉を区切った。


「どうしました?」

「……実は、先日貴女に件の三人組の話を聞いてすぐ、気の利く部下に傭兵組合へ探りを入れにいってもらったんだがね」

「ああ、そういえば」


 そんなことも言っていたな。

 実際のところ組合には入都してすぐに接触していたらしいから、ホラスの読みは正鵠を射ていたわけだ。


「動向を見張らせていたんだが、連中、此度の一件、相当腹に据えかねたらしくてね。今ごろは血眼になって下手人たちを探しているだろうという報告が、今朝上がっていたんだ」

「あああ……」

「いかな無法者とはいえ、ボトル・ベビーたちを救った功労は確かだ。出来れば騎士団で取り調べがてら保護したいと――」

「いえ、ホラス。それは……」

「うん?」


 言葉を濁した私を、ホラスが訝し気に見やる。

 二日前、今後この都でどう生活していくつもりかと問うた私に、あの少女はこんなことを言っていたのだ。


『ああ。とにかくお金稼がないといけないからね。でもほら、シオもレンもまともな職場なんかじゃ働けないでしょ? だから最初は傭兵組合にでも伝手を作ってコツコツやってこうと思ってたんだけど、当てが外れちゃったからさ』


 まるで自分にはまともな働き口があるかのような口ぶりで嘯く彼女の口調は、パンがなかったからパスタを食べよう、とでも言うかのような軽いものだった。


『組合自体を、乗っ取っちゃおうかと思って』


 彼女はそう言って、あの邪悪な微笑を浮かべたのだった。

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