He is a “Monster” Hunter

1.交渉と脅迫

1-1

 例の三人組と遭遇してから二か月後、風の月。

 その名の通り、西からの強い風が吹くその月はすでに秋色も深まり、舞い散る木の葉も鮮やかな茜や黄金に染まっていた。その日はちょうど、その年初めてブラウスの下に肌着を一枚多く重ねた日で、朝からしんと冷えた空気が都中を吹き抜けていたのを覚えている。

 まだ陽も登りきらぬ時分、私は都内に構えられた傭兵組合の本所を訪れていた。


『いやメイド長。私としても正直困惑しているんだがね』


 先日、組合から王宮宛てに奇妙な投書が届いたのである。

 曰く、国政に関わる貴族に重大な違法行為の疑いがある、との由。

 ついては内密に相談したいことがあるので、どうか話を聞いてもらいたい、と。

 それを読んだ官僚やら大臣やらメイドやらは、私を含めみな一様にこう思った。


 、と。


 政治献金、脱税収賄くらいならば可愛いもの。武器の密売、麻薬の取引、人身売買、政敵の暗殺。この国の財政は、汚濁に塗れた金を血の潤滑油によって回すことで成り立っている。

 五年前に退位した先王の在位期間以来、それは変わらぬこの国の在り方であった。

 まともな感覚をもった貴族や官僚は悉く放逐され、国の経済や統治、国防を担う大臣たちは己の私腹を肥やすことと、王の機嫌を損ねないことだけに腐心していれば良し。


 王は政には一切興味を示すことなく、自らの肉欲を満たすためだけに年若く見目麗しい女を国中から集めて侍らせ、自分を甘やかしてくれる大臣が持ってくる書類にサインをするだけの存在なのだ(まあ、最近はそれですら厭ってよく逃げ出しているが)。

 王の御目に敵わぬ女はいかな職種であれ全て王宮から追放され、仕方なしに、夜伽要員の少女たちにメイドとしての仕事を押し付け、なんとか王宮のよもやまごとを回しているのが現状である。


 本当に、心から思う。

 何をいまさら、と。


 だが、だからこそによって問題の度合いが違ってくる。下手に泳がせて騒ぎを大きくされても、その後始末をするのは国政側なのだ。

 その弾劾をもみ消すのか。市民の不満の捌け口にあえて誰か一人に罪を被ってもらうのか。

 ひとまず先方から話を聞き出す必要があるが、向こうは王宮内では密告を行うのは不可能だとして、こちらに使いを寄越すようにとの仰せである。


 こんな時に割を食うのは、私のような真面目な働き者と相場が決まっている。

 お前、くれぐれも慎重にやれよ、と言外に圧力をかけてくる大臣の一人に見送られ、私は重い足取りのまま傭兵組合の門戸を叩いたのであった。


 そして。

「失礼致します。王宮からの使いで参りました――」


『うおおおおおお!!!』


 扉を開いた私の顔を、熱気が叩きつけた。


「ふん! ふん! ふん! ふん!」

「おいペース落ちてんぞ!」

「ぐぅ! う! ふぐっ! ぐ!」

「負けんな! 頼む! おめえに賭けてんだ!」

「ラスト! ラスト20秒! 気張れおら!」

「いけぇぇぇ!!」


 鼻腔を強烈に刺激するむくつけき男たちの汗の匂いに眩暈を起こしそうになりながら、私は必死に状況の把握に努めた。

 傭兵組合の本所は二階建ての建物であり、建物全体の前半分は吹き抜けとなっている。二階には応接室や資料室、簡易宿泊室などが存在しており、その二階廊下の吹き抜けに面した場所に、四人の男がいた。


 いや。

 どう伝えればいいのだろう。


 男たちは二人一組になっているようだった。

 そのうち一人は欄干に足首をひっかけ、体を大きく虚空に投げ出している。

 足首だけでぶらさがったその態勢で、おそらくは腹筋を駆使して体を起こし、欄干越しに腕を伸ばすもう一人の男の掌に顎を触れさせると、再び体を下に戻してはまた起き上がって顎を突き出しているのだ。

 どうやらその回数をそれぞれ腕を伸ばしている男二人がカウントして競っているらしい。

 

 意味がわからない。

 意味が分からないが、国の収穫祭でも見ないほどの興奮と熱気が建物内を支配していることは分かった。


「おいてめえ今顎触れてねえだろ!」

「ざけんなインチキ野郎!」

「うるせえ引っ込んでろ!」

「あと10秒!」

「おいコレ分かんねえぞ」

「どっちだ!」

「どっちだ!?」


 本来ならば依頼掲示板クエストボードとなっているのだろうコルク地の木枠には大きく粗布が張り出され、まるで馬上槍試合のようなトーナメント表が作られていた。

 みな頭上で行われる謎の儀式に夢中で、私の存在に気づく様子はなく、誰かひとりを選んで声をかけられるような雰囲気でもない。


 私が為すすべもなく途方にくれていると、いつの間にか小さな影が脇に現れ、この場にそぐわないアルト・ボイスがそこから発された。


「なによ。サクじゃない」


 虚を突かれた私が弾かれたように振り向けば、そこにいたのは、初めてその姿を目にした時と同じ、裕福な家庭の娘のような上品な衣服に身を包んだ、黒髪の少女であった。


「ミソノ様。この騒ぎは一体なんですか?」

「筋肉番付よ」

「筋肉番付??」


 なんだそのむさ苦しい名前の催しは。


「おー。来てたのか」

「やっほー。久し振り~」


 そこへ、階段を下りながら筋骨隆々の長身の男と、無邪気な笑顔を浮かべる男が声をかけてきた。


「なんだ、サっ子。また美味そうな魔獣退治の依頼でも持ってきてくれたのか?」

「ねぇねぇサっちゃん。王宮にトラバーユからお菓子職人呼び寄せてるでしょ? 美味しそうなのあったらくすねてきてくれない?」

「ちょっと。あんたらまで降りてこないで……え、なに、お菓子職人? ねえサク。その職人拉致ってきてよ」

「無理です」 


 三悪党スリーアウツの揃い踏みである。

 私の名前をそれぞれ好き勝手に呼ぶ彼らの姿は、いつの間にかすっかり傭兵組合の中に馴染んでしまっていた。


「それより、今度は一体なんの悪巧みですか?」


 できれば、なるべく穏便に済ませてもらいたいものだ。

 そんな儚い願望を胸に抱きながら、私は彼らと共にこの場所を訪れた、二か月前の出来事を思い出していた。


 

 

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