2-3

 その三人組が現れたのは、ちょうどひと月前のことだったという。

 今にも飢え死にしそうな男女三人が自分たちの拠点の近くで行き倒れているのを発見したボトル・ベビーの一人が、その日手に入れた黒パンを分け与えたところ、息を吹き替えした三人組はあろうことか拠点に押し入り、彼らの備蓄を食い荒らしたのだ。


「あれは酷かったよねー」

「うん。全員がかりで刺し違えようかと思った」


 しかし、そんな気力も尽きかけていた子供たちが悲嘆に暮れていると、僅かながらに体力を回復させた三人組は夜闇へと消え去り、しばらくしてから、大量の食糧を携えて戻ってきたのだ。

 それは彼らが今までに見たこともなかった柔らかな白パンや塩漬け肉、異国の果実などで、僅かにその出所を警戒する気持ちが起こったものの飢餓には勝てず、子供たちはみなそれにむしゃぶりついた。

 以来、三人組はボトル・ベビーたちに寝床と都の情報を提供させる代わりに、労働力と食料を分け与えているのだという。


「すげーんだぜ、ウシオ、家も直してくれてさ」

「レンタローは服も繕ってくれて」

「お金の数え方、教えてくれたの」

「ドブネズミってちゃんと処理すれば食えるんだな。俺、ドブ攫いの仕事もっと頑張るよ」


 焚火を囲みその日の食事を口にする、数にして20人ほどの子供たちは、口々に黒髪の大男と、藁山でいぎたなく眠り呆ける男を褒めた。


「はっはっは。筋肉さえあればなんでもできる」

「縫い物くらいは僕もね〜」

「ふん。分かっているなら私たちにもっと感謝することね」

「はぁ? ミソノは後ろで偉そうにしてるだけじゃん」

「俺らより力ねーくせに」

「役立たず、なの」

「黙れクソガキ共。誰のおかげでこの食事の量を確保出来てると思ってんの? 私の緻密な計算と計画があってこその――」

「うっせぇブス!」「ブ~ス!」「どチビ!」「貧乳!」「ブサイク!」「性格ブス!」

「ちょっと! こいつら黙らせなさいよクソメイド!」

「…………はあ」


 いつからこの子たちは、こんなに口汚くなってしまったのだろうか。

 どう考えても一つしか思い至らない原因の少女が、黒パンの食べかすを口元につけたまま私を睨みつけるのを横目にしつつ、私は子供たちを見回した。


「みなさん。あまり悪い言葉ばかり使っていると、この人のようになってしまいますよ」

「「「え……。ごめんなさい」」」

「はあ!?!?」

「ごめんな、ミソノ」「ごめんなさい」「謝るから、許して?」「私、いい子にする」「クズにはなりたくないよ」

「なんでそうなるのよ!!」


 再び癇癪を起した黒髪の少女を子供たちが適当にあしらう中で、一人の少年が私の服の裾を引いた。

「どうしました?」

「おねーちゃん。パンジー、良くなるの?」

「それは……」

 私は咄嗟に、言葉を噤んでしまった。


 恐らく、見込みは薄いでしょう。

 震えそうな唇を噛みしめて問いかけるその声に、一体誰が、そんなことを口にできるというのだろう。


「見込みは薄いわね」


 …………真正のクズでもない限りは。


 体中に浮いた青黴のような特徴的な痣。意識を朦朧とさせるほどの高熱。

 それは、名を蒼疽症という。

 致死率の非常に高い病であり、発症後数日で、罹患者は青黴に埋もれるようにして命を落とす。並みの薬種や癒術では効果がなく、唯一治療に効ありと認められた薬を用意できる環境も、それを得られる人間も極々限られている。この都の地の底に這いつくばって生きる子供たちが罹患して、快癒する見込みなど……薄い、だなんて、それでも随分控えめな表現だ。

 はっきり言って、見込みはない。


 しかし。

「ふん。辛気臭い顔してんじゃないわよ」

 それでも、目の前のクズは不機嫌そうに宣った。

「ゼロじゃないだけありがたく思いなさい。この慈悲深い私が救いの手を差し伸べてやろうっつってんだからね」

 ボトル・ベビーたちはその言葉を、不安と期待の混じり合った複雑な表情で聞いていた。


 彼女は先ほど、テントの中でこう言ったのだ。


『昼間の雑貨屋で薬かっぱらってきたのはいいけど、このガキの症状の原因も、どの薬がどんな効果なのかもさっぱりなのよ。このままじゃ埒が明かないから、医学か薬学の本でも漁ってこようと思って』


 私はその言葉に、大いに混乱させられた。


『お待ちください。そもそも蒼疽症には、王宮でも秘薬とされる万能薬エリクシルのみが唯一の特効薬で――』

『ふうん。それを飲むと治るのね』

『はい。ですがそれは――』

『なんで?』

『は?』


 いや、なんでと言われても……。


『だから、なんでそのエリクシルとやらでこの病気が治るの?』

『……それは…………万病を癒す、奇跡の薬だから』

『ぼーっと生きてんじゃないわよ!!』

『!?!?』

『あのね、病気が治る、っていう“結果”があるなら、病気としての“病原”と治るための“過程”が必ず存在するの。それさえ分かれば代替の治療法だって探し出せる』

『は、はあ』


 そこで彼女は、腰に手を当てて私を睨み上げてきた。


『ミソノちゃんは知っています。この都の宮殿の中に、国の歴史の全てが詰まった大書庫があることを。そして、あんたが王宮で働くメイドであることを』

『……あの。大書庫への立ち入りと書籍の閲覧には複雑な手続きで許可を得る必要がありまして――』

『だから忍び込むんでしょ。あんたは私たちが忍び込んだ後で目的のブツを探す手伝いと、それを解読する手伝いと、脱出する手伝いだけしてくれればいいわ』

『割と多い……いえ、それでも鍵がなくては――』

『レンがいれば鍵の一つや二つ簡単に盗ってこれるわよ』

『そもそも王宮には外壁が――』

『シオがいればあんな壁ないのと一緒』

『いや、……しかし』

『他に必要なものは?』

『…………私が、覚悟を決める時間が』

『なるほど、それは重要ね。いいわ、3秒あげる』

『あああ……』


 私はこうして、王宮に仕える身でありながらどこの馬の骨とも知れぬ下民を宮殿内に忍び込ませ、門外不出の知識の眠る大書庫に立ち入らせるという大罪を犯す覚悟を、3秒で決めさせられたのだった。



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