2.不法侵入と強盗

2-1

「HAHAHA!! おやおや、その刺激的な出で立ちはどうしたんだい、メイド長!」

「こちら、頼まれていた買い物です」

「貴女がエプロンドレスを脱いで出歩くとは珍しい! 今日はなんの祝祭だったかな?」

「請求書は第八師団の会計につけておきましたので、ご確認ください」

「そして普段は隠された漆黒のブラウスが露にするボディーライン!! 実に目の毒!!」

「それでは私はこれにて」

「HAHAHA! オール・スルー!!」


 騎士団の駐屯所の扉を開けた途端に現れた男に紙袋を押し付け、回れ右前進をしかけた私の腕はあえなく捕らえられ、男はそのまま引きずるようにして駐屯所の奥へと私を連行した。

「まあ、そう急くでないよ、メイド長。いくつか聞きたいことがある」

「ホラス。あまり貴方と親しい仲だと思われたくないのですが」

「これは手厳しい! 安心したまえ、うるさ方は今ごろ『お風呂屋さん』だ」

「……こんな時間からですか」

「今更だろう」


 軽薄な男は口元に笑みを湛えたまま、その紫紺の瞳に酷薄な光を宿した。

 奥の間――いざとなれば裏口からすぐに出ることができる――に私を通した男は、壁面にかけられていたローブを私に羽織らせると、設えられたデスクに向かい、帳面を漁り始めた。


「それで、メイド長? なにやら目抜き通りで騒ぎがあったようだが、貴女のその背徳的な色気溢れる装いと何か関係が?」

「次に私の服装について触れたらメイド全員に回状を廻して追い込みますよ?」

「HAHAHA! 背筋が凍り付きそうだ!」


 私が先ほど遭遇した三人組の窃盗団の話を打ち明けると、王宮騎士団第八師団の分隊長の一人――ホラスは、思案気に瞳を燻らせた。


「ふむ。なかなか興味深い話だね」

「三人が三人とも異質でした。一人は恐ろしいほどの身体能力。一人は霧のように掴みどころがなく。一人は見下げたクズでした」

「流れ者、なのだろうね、恐らく」

「ええ。名前の響きもこの国のものとは違いましたし……」

「それは貴女も同じだろうが……。まあ、外国からの移民とは考えにくいかな」

「は?」

「周辺諸国のどこから来たといって、今のこの国を移住先には選ぶまいよ」

「…………」


 黙り込んだ私を見て、失言だったかな、と乾いた笑みを溢し、ホラスは帳面を閉じた。

「ふむ! その性格の悪い少女は、『自分たちの犯行は四件』と言ったのだね? しかし、同様の手口による事件は報告が上がっていない。まあ、手を変え品を変えというやつかもしれないが……」

「そうですね。あんなやり口は私も初めて見ました。一応、あのク……少女の風貌は他の商店の方々にも伝えておきましょう」

「ふむ! それもいいが、こちらからも捜索の手を出しておこう」

「はあ。しかし、当てがありますか?」


 帝都の暗部は、暗く深い。

 たかだか三人組の小悪党を探すのに、彼の抱える手勢だけで足りるようには思えなかったが……。


「彼女はこうも言っていたのだろう。『まともな働き口などなかった』と。彼らが流れ者であり、腕っぷしの立ちそうなものがいるなら、まず門戸を叩く場所は決まっている」

「傭兵組合……ですか」

「ご明察だ! あの場所の腐敗具合も凄まじいからね。余所者の入る隙間などあるまいよ。まずはそこから足取りを辿ってみるとしようじゃないか」

「厄介ごとを押し付けるようで……」

「構わんとも! それに、今は大事の前だ。下らん些事は早めに潰しておこうじゃないか」


 先月に都付近の街道を騒がせていた盗賊の一味が傭兵団によって捕縛された一件で、ここ最近の騎士団は俄かに浮足立っていた。

 その盗賊団のアジトが、他ならぬ都の中にあったことが判明したのだ。

 それだけならば、ただ巧妙に捜査の眼を掻い潜っていた悪党たちがついに白日の下に晒されただけのことであるが、この一件に限っては捨て置けない事情があった。


 そもそも街道を行き来する民間人の護衛は傭兵団の請け負っている仕事であり、それらを襲う強盗を傭兵が捕縛することも不自然ではない。

 しかし、件の盗賊の被害報告が出ていたのはもう数か月も前からのこと。にも拘わらず、傭兵組合は都民や商人からの討伐要請をのらりくらりと躱し、盗賊の捕縛に腰を入れることはなかった。

 何故かといえば、彼らが道中の護衛を引き受ける旅程には盗賊はほとんど現れず、たまに襲撃があったとしても常に損害なしに撃退できていたからである。


 つまり、被害にあっているものたちは、傭兵を雇う余裕のないものたちばかりであったのだ。


『被害に逢いたくなければ、護衛料を払えば宜しかろう』


 そんな態度を一貫させていた傭兵たちが、何故今になって捜査に踏み切り、盗賊たちのアジトを強襲したのか。

 その不審な動きに、騎士団内でも今後の対応について議論が百出していたのである。 

 そしてこういったとき、割を食うのはホラスのような有能な働き者と相場が決まっている。

 ここ最近都で増えている住民の失踪事件の調査とも相まって、恐らくここ数カ月、まともな休みなど取っていないだろう騎士隊長は、呵々と笑いながら立ち上がった。


「これは僕の勘だが、件の三人組、恐らくとの関連はあるまい」

「そう、思いますか?」

「ああ。動きが派手すぎる。だがだからこそ、長々かかずらってはいられない」

「そうですね。次の競売までに、なんとしても――」

「おっと。迂闊な言葉を口にすべきではないな、メイド長」

「失礼しました」

「構わんとも。ところで――」

「は?」


 言葉を切ったホラスは、何故か私の抱えていた布束に視線を注いでいた。


「その、一部分だけ汚されたというエプロンドレス、今ここで身に着けてみてくれないか――OK分かった。その汚物を見るような目をやめてくれたまえ」

「私の気持ちが伝わったようで何よりです」


 私はそれきり彼を視界の外に追いやると、そのまま裏口から駐屯所を辞した。


「ああ、例の場所へ顔を出すなら、僕からも宜しくと伝えておいてくれたまえ。なかなか顔を出せなくてすまん、とね!」

「承りました」


 背後からかけられた声に背中越しに応えを返し、私は帝都の暗がりへと歩みを進めた。

 そのまま借りてしまう形になったローブの前を合わせた私の足取りは、少しだけ軽くなっていた。

 正直、あの三人組の調査をホラスが買って出てくれたのは助かる。

 あまり、何度も相対したい連中ではなかった。


 だが、私の安堵は当然の如くに裏切られることになる。

 

「あ! 見つけたわよ、デカ乳メイド!」


 ……それにしたって、ものの数分でというのは酷くないかと、私は久し振りに天を呪う羽目になったのだった。

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