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 店の暖簾を、なかば破るようにして潜り抜けた私は咄嗟に視線を左右へ走らせた。

 ローブ姿の人間は……そこかしこにいる。

 当然だ。ここは王都の目抜き通り。商人、職人、傭兵、魔術師、平時から様々な職種の人間が往来している。買い物籠を持ったローブ姿の人間など目印になるはずもない。

 そして何より。


(顔を、思い出せない……)

 

 職業柄人の人相を覚えることは得意なはずの私が、もうその顔貌かおかたちを忘れかけているという事実に戦慄する。

 あの、まるでその辺を歩いている人間を適当に捕まえてあらゆる個性を抜き取ったかのような容貌。もはや、を追うことは不可能だ。


 ならば、追うべきは一人。クレーマー少女だ。


(恐らく、あれは共犯)


 あのクレーマー少女がわざと理不尽に店頭で騒ぎ立て、店内のあらゆる視線を釘付けにする。そしてその隙をついて仲間が商品を窃盗するという手口だったのだ。


 もちろん確証はない。偶然店内の耳目が一箇所に釘付けになっていたため、これ幸いと盗みを働いた可能性もある。だが、そうだと思ってみれば彼女の挙動はどこか不自然だった。

 それなりに身ぎれいにしていたことから、ぱっと見にはある程度裕福な家庭の娘であるかのように見える。しかし、ではそんな少女が何の用で保存食レーションなど購入する?

 浮沈の激しい憂世のこと、食い詰めた挙句の苦肉の策とも取れるだろうが、ならばなおさらのこと、あんな稚拙な方法でそれをなすとも思えない。

 あの派手な騒ぎよう、それが全て周囲の目をくらませるための演技だったとすれば。


 近頃多発していた窃盗事件。

 もしも私が、今まさにその事件の犯人たちと接触していたのだとしたら?

 あれほどの連携と頻度を持った犯行だ。個人で為す範疇を越えている。もしやとは思うが、背後にそれなりの規模の犯罪グループが控えていても不思議ではない。

 

 私は記憶の片隅から、先ほど横目に見送った彼女が店を出てから左へ折れたことを思い出し、自らもそれに倣った。

 焦燥感に駆られながらも、足早に人混みをかき分けしばらく進むと、視界の隅に狙い通りの後姿を捉えた。

 彼女は迷いない足取りで目抜き通りを南下し、やがて薄暗い小路へと入っていった。この先に、上流家庭の人間が訪うような施設はない。

 私は疑惑を確信に変え、気配を殺してそれに追いすがり、人気の絶えた裏路地にて、彼女を捕らえたのだった。




「×××!! □□! その▼▼〇〇されてえのか、◇◇◇◇!! ▶▶▶!!!」


 もはや何を言ってるのかよく分からなくなっていた彼女の怒声の途切れた隙をついて、私は彼女を拘束する腕の力を強めた。そのままのしかかるように体重をかけ、膝をつかせる。


「いい加減大人しくしてください。このまま押し潰して窒息させますよ?」

「はきゅっ。ちょ、ちょっと、待って――」

「先ほどの店で、窃盗の手引きをしましたね?」

「な、んのことよ、この――」

「次に汚い言葉を吐いたら、地面で口を塞ぎます」

「ふぐっ」


 ようやく口を噤んだ彼女の耳元で、私は問いを重ねた。

「あの手口、初犯ではないでしょう」

「だから何よ、この……うぐ」

「結構。では、続きは騎士団の駐屯所で伺いましょう」

「はあ!?」

「ここひと月ほどの間、帝都で頻発している窃盗事件との関りも疑われます。まさかあなたと先ほどの下手人だけの犯行とも思われませんから、裏にグループがいるようならその情報も吐いてもらいましょう」

「ま、待って――」


 先ほどまでの烈火の如き気勢はどこへやら。急に怯えだした少女の姿は哀れだったが、犯罪は犯罪だ。まあ、ひょっとすると拷問まがいの尋問を受けるとでも思われたのかもしれない。この街の騎士団の印象は……良くはない。


「待ちません。しかし、安心なさい。私の知人の元へ連れていきましょう。無茶なことをするような騎士ひとではありませんから。大人しく情報を開示すれば、法外な危険には――」

「ふ、ふん! そんなことするだけ無駄よ!」


 ほう。仲間の情報は売らないというわけか。

 意外と義理堅い。……いや、彼女のような下っ端の人間には大した情報は与えられていないのだろうか。


「仲間は私入れて三人よ! さっき万引きしたのがレン。レンタロウね。運搬係にウシオっていうマッチョがいるわ。待ち合わせ場所はこの先の廃工場。あ、精肉所ね。もう二人着いてるころだと思うから数人がかりで囲めば一網打尽にできるわ」


 …………は??


「あ、言っとくけど、私、脅されて仕方なく手伝ってるだけだから。ホントホント。その証拠にほら、知ってることなんでも話すから。この一か月の間だと、そうね。四件は私たちの……いや、あの二人の仕業よ。私なんか無理やり手伝わされて、そのくせ分け前なんかちょっとしかもらえてなくて。ああ、あと、あの手口考えたのは、全部レンだから。あいつ人騙すの超得意なのよ。ホント悪いやつなの。私ももううんざりしてたのよ。だから、ね? 二人捕まえるの協力するからさ、私は助けてよ、ね? 悪い取引じゃないでしょ? ねえねえねえ」


 すごい勢いで仲間を売り始めた!

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