その十四 ホームタウンの事件簿 〜名無しの悪なき悪意〜

 赤川次郎に出てくるモブキャラは、皆バイタリティが強い。「強すぎる」と称したほうが的確だろう。わずかしか出番がないような名無しですら、時としてとんでもない事をやらかすのが赤川作品である。


 『ホームタウンの事件簿』は元々『断地』というタイトルで小説新潮に掲載されたものを改題して短編集としてまとめたもの。『事件簿』と付いてはいるがシリーズ探偵が謎を説いていくような話ではない。全短編を通して探偵役というより狂言回しとして、平凡だが善良な中年男の笠井と、その妻で噂話好きの京子が登場するが、彼らは物語の顛末を見届けるだけで、実際はある近代的(当時の基準では)なニュータウンに住む無名の人々が主人公で、彼らが遭遇する様々な事件を描いている。

 飾らずに言えば、全編通して「胸糞が悪くなる」話が満載の短編集である。

 冒頭の『私語を禁ず』からしてある夫婦が人付き合いの悪さゆえ心無い噂を立てられる、というこのシリーズの特徴を全部詰め込んだ嫌な話である。

 この短編集の特徴でもありおかしな所(先見の明と言ってもいい)は、人々がいかに悪気なく悪意を撒き散らすかというのをこれ以上ないくらい表現している所だ。それ故に普通の嫌な話とは少し違う「どこにも怒りをぶつけようがない」読み味をもたらしている。

 清水義範の『発言者たち』や現代のSNS文化を見れば世の人々がいかに無自覚に不正確な発言をするものかよく分かるか、それをサスペンスに昇華したのがこの短編集である。


 収録作ベストを選べと言われれば、第三話『罪ある者の象徴』と第六話『天からの声』で迷う所。前者は新婚の妻が目の当たりにするエリート夫の目を覆いたくなるような秘密の話。後者は意地の悪い老夫婦が隣人の家族をいびって追い出したら、今度はその老夫婦が夜な夜な謎の異音に悩まされる…という話で全く救いのない結末が待っている。


1982年11月新潮社

1985年1月新潮文庫

2001年9月角川文庫

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赤川次郎のおかしな世界(仮) さかえたかし @sakaetakashi051

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