最終話 幸三⑯
「それにしても、カップの6、久々に見たな」
と呟く。
「普段はあまり見ないカードなの?」
有泉は数秒考えたのち、
「前も言ったけど、私の私物のカードには、入ってないから」
と言う。
「カップの6って、カードによって入ってたり入ってなかったりするものなの?」
「そんなわけないでしょう」
そんなこと言われたって、タロットのことなんて知らないし。
「じゃあ、なんで有泉さんのカードには入ってないんだ?」
「なくしたから」
「それって、トランプからたまたまハートのエースがなくなっちゃった、っていうっようなこと?」
「まあ、そういうこと」
まだ何か隠しているような気がするが、タロットの合計枚数も知らない自分は真相を暴くのは当分無理だ、と思って諦めることにする。
「それにしても、偶然にも同じ日に三角関係の三人が入れ違いでここに来たんだよね。ううん、不思議だ」
「タロットって、そういうことがあるみたい。もっと言うと、私が自分に似たような人を引き寄せちゃうという説もあるけど」
「そうか、だから君、いつも激しいカードばかり出てるんだよ」
「うるさい」
部室を開けると、そこには成吉がいた。
「あっ、成吉君!」
とっさに、さっきの会話が聞かれたのでは、と思い慌てたが、彼イヤホンで音楽を聴いていた。
二人とも無言のまま挨拶をしようともしない。そうか、有泉が外にいたわけがようやくわかった。
あまりに気まずいので、有泉はホットチャイ、成吉にはホットコーヒーをそれぞれ淹れてやる。自分のときにはもう面倒になり、ティーパックの紅茶を淹れる。
「お前、ちょっとはましになったけど、これじゃあ六十五点だな」
と成吉。
「砂糖入れすぎなんじゃないの?」
と有泉。僕は一人、感謝知らずの女を口ずさむ。面と向かって言えない言葉を、堂々と口にできる。なるほど、こういうとき歌って便利だ。
「あ、私ちょっと用事があったんだわ」
と、有泉は席を立った。
間もなく、そこへ岩村さんもやってきた。
「おお、岩村さんも常連になってきたな。そろそろ南米音楽研究会に入るか?」
と成吉。
「園芸部じゃなくて?」
彼女は微笑んだ。
「そういえば、成吉さんは有泉さんにまた占ってもらわないんですか?」
「こんな身近な人物に占ってもらってどうすんだよ」
「へえ、成吉君と有泉さんって身近だったんだね」
「馬鹿言え、心の距離は南米と日本くらい離れてるけど、こう毎日顔を合わせてるんだったら一応身近だろう」
岩村さんは微笑んで、
「そういえば、成吉さんは自分のせいで有泉さんが占いを辞めたと思っているらしいですけど、実際はちょっと違うみたいですよ」
などと言い出す。
「どういうことだ?」
「有泉さん、ずっと探していた曲があって、それが南米の音楽らしいってことは突き止めたんだけど、題名がわからなくて、ずっと、通販で南米音楽のCDを扱っているお店で、Aから順番に、やみくもにCDを買い続けていたらしいんです。毎月一万円分、といっても五枚しか買えないんですけど、それを買う費用に、占いで得たお金を充てていたらしいです」
僕は、ふと、さっきの「カップの6のカードはもうないの」と言った有泉の様子を思い出した。その曲を何としてでも探し出したいという思いだけで、CDを買い続けたとは思えない。彼女は可能な限り無駄な動きはしないのだ。できないとわかっていても、そうせざるを得ない心の渇きがそうさせた、まるでカップとともに失われた心の渇きをいやそうとするかのように……なんて、きっと僕が彼女の本当に考えていること知ることはないのだろうけれど。
「じゃあ、つまりその曲が見つかったから、もうCDを買う必要がなくなった。それで、お金を稼ぐ必要がなくなって、占いを辞めたということか」
「はい。確かに、成吉さんと出会ったことが原因で占いを中断したことは確かなんですけど、それは危険を予知できなかったからではなくて」
「もしかして、俺のコレクションの中にお目当ての曲が入ってたってことか」
「そうみたいです」
「あいつがいやいや俺の言うことに従ってるのは、そのテープを聴き続けるためなのか? 勝手にコピーすればいいだけなのに」
「さあ、それは有泉さんの美意識に反するんじゃないでしょうか」
「馬鹿な奴め」
以前、有泉が成吉をやっつけるなんて、子供が作った段ボールの家を壊すくらい簡単なことだ、と思ったことがあった。しかし、本当に子供の作った段ボールの家を目の前にしたら、可愛そうで壊しにくいのかもしれない。もしかすると、そういうことなのかもしれない。なんて言ったら、グーでなぐられそうなので黙っておくことにするけれど。
「それはそうと、有泉さんは、君にそんな話までしてるわけ?」
「はい、友達なので」
岩村さんは軽やかに微笑んだ。
冬の終わり 高田 朔実 @urupicha
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