4-4 course was selected
二の句が継げず、「どういう……」と
「えっと、よかったら詳しく話聞かせてくれる?」
この
姿勢を正した俺は、首肯が返ってきた彼女へ耳を傾ける。
「実は、両親はわたしの夢を、ひととおり聞いてはくれましたが、認めてくれたわけでは、ないんです」
「そうか……うん。それで?」
「かといって、反対されているわけでも、なくて」
「ん?」と眉間が寄って、思考が
「わたしの両親も、サムくんエニちゃんと、同じなんです。『中途半端な気持ちで、踏み込むんじゃない』と。そう言いたいんだと、だんだんわかってきて」
そういうことか、とようやく
「わたしが、口でどれだけ『本気だ』と言っても、『応援する』だなんて言ってはくれない、両親です。真面目に取り組み続ける姿勢が、要ると。たとえ失敗しても、泣きついたりしない……簡単に諦めるような気持ちでないことを、証明していかなければいけない、と、言われました」
「うん、なるほど」
彼女が言われたことは、よくわかる。俺もそれに賛同するし、そういう考えだし。素直に手放しで喜んでやるのが上手くないご両親なんだろうな、ってこともよくわかる。
真正面遠くの大きな窓に、彼女の視線が向く。ターミナル駅周辺の景色をぼんやりと眺める彼女の横顔に、感覚的な成長が見えてしまったりして。
「なので、ちゃんと始めから、デザインを学ぼうと思うんです」
「ちゃんと、始めから?」
「はい。柳田さんとお二人が、わたしのデザインを、引き続き望んでくださるのであれば、もうこれ以上は、趣味では続けられないと思ったんです」
そろりそろりと視線が戻ってくる。
「お二人へは、ただの趣味ではないデザインを、していきたい。そのためには、学問として習得するところから、わたしは始めなくちゃなんです。せっかくゴールにいるけど、スタートラインまで戻って、リトライしたいというか」
この
「柳田さんは、わたしの『今の』作品を気に入ってくださって、形にする経験をさせてくれて。あれは、わたしが将来を決める、大きなきっかけになったんです」
そんなに言うほど、影響があっただなんて。なんだか、自分で自分の首を絞めたんじゃないだろうかと、後悔に近い気持ちがじわり。
「とっても感謝してて、わたし。だから、『たまたま気に入ったデザインが出来る人』、ではなくて、もっとしっかりしたものに、なりたいと思ったんです」
「うん」
「なので、お二人のデザイナーとして、胸を張り続けていられるように、一旦この身に余るほど嬉しい立ち位置から離れて、修行してきたいんです」
「…………」
息を呑んだ俺。耳触りに覚えのあるその言葉は、いつかのあの日の縁側を思い起こさせた。
♧
俺は、世界を飛び回ることで修行して、経験積んで、世界中が俺で笑顔になって……そうやって『完璧になりに』行くんだ──
♧
あの時、
答えは何年も前から既に出ている、『否』であると。
「どう、思われますか?」
不安に満ちた声で問い直されると、それだけで感覚が現実へ引き戻った。まばたきを重ねて、サングラスの位置を戻して……大してずれてないけど。
「あ、あぁ」
なんと答えてやるのが正解だろう。YOSSY the CLOWNの答えと、柳田善一の答えが食い違っているがために、テンポがずれて、遅れて、滞っている。
さっきは、YOSSY the CLOWNとして「いろんな方法を試してみたらいい」だのと言ってしまった手前、柳田善一としてのざわつきなんて、無視しなければいけないのに。言葉として上手く声が出ない。
「一応、訊くんだけど。二人にデザイン提供するのが、嫌になったわけじゃ、ないよね?」
「そっ、違います! 嫌だなんて、思うわけないです!」
まるで向かい合うように視線を合わせる、俺と彼女。身を乗り出すような姿勢から見ても、彼女の『修行』は前向きな発想だ。
そんなこと、わかってるのに。
「エニちゃん、ずっと仰ってました。自分たちは、真面目にやってるんだって。中途半端は要らないって。わたしも、そうだなって。中途半端な知識のまま、お二人のデザインを手掛け続けるのは、違うと思って」
「うん、ごめん。わかってるのに訊いた」
不安なまなざしで見られていることは、わかっている。俺の公私がぐるんぐるんするせいで、彼女を不安にさせているんだって、わかってる。わかってるのに、どっちの俺で答えていいか、決着がつかないから。
顎に手をやって、口元を隠して、三秒間で脳内会議を済ませて、深呼吸。
「えっとね。『僕』はキミの意思を、全力で後押しする気でいるよ。キミの『夢へ対する真摯な姿勢』は、万人が見習うべきだとさえ思うね。でも……」
続きなんて言うべきじゃないけど、言わずにいることも出来なくて、申し訳なさと共に声が滑り出る。
「『俺』は、そのままのキミを引き留めておきたい、って思っちゃってることも、伝えときたいかな、なんて」
意味が伝わるだろうか。『僕』と『俺』では意見が違うのだと、彼女はもうわかってくれているだろうか。
「ごめん。困らせてんのわかってんだけど、なんか今、上手く自分をコントロール出来てなくて」
「いえ、伝わります」
言われて、ようやく視線を彼女へ向ける。
「どちらも、柳田さんのお気持ちですよね。とっても嬉しい、お返事です」
弱く、照れがちに笑んだ彼女は、パタリと瞼を落として、縮み上げていた肩の力を抜いた。
「わたし、世界をいくYOSSY the CLOWNの選んだ人材なんだって、世界に向かって胸を張れるような、そういうデザイナーになりたいなって、思ったんです」
「……ん?」
彼女の伏せた瞼が上がって、またこちらを見上ぐ。
「他の誰でなく、今はまだ趣味の段階のわたしがいずれ、サムくんもエニちゃんもYOSSY the CLOWNさんも引っ張るような。そんなデザイナーに、なりたいなって」
あれ。やっぱり今、YOSSY the CLOWNて、言ってくれた?
「わたしは、みなさんの後ろから着いていくんじゃなくて、肩を並べて歩くんでもなくて、むしろ追い抜かしちゃうような。向こう側で待ってるくらいの、心持ちで居たいなって、思ってます」
「…………」
うわ、ヤバい。そういうの……っていうか、なんか今の彼女全部が、どっち的にもホームランなんだけど。
まるで、喉の奥で心臓が鳴っているみたいだ。
出てきそうになった言葉とか想いをその都度呑み込んで、必死に堪えてんのに、彼女は無自覚のまま俺の下心にまで触れてくる。待て待て、彼女はまだほら、未成年ですから。
YOSSY the CLOWNとしての答えを、今の彼女は欲しがってるはず。
YOSSY the CLOWNとして、彼女に向かってないといけない。
戒める言葉で頭を満たして、彼女に向き直る俺。
「キミは、全力で自分を信じて、スキルアップをしようと決めたんだね。二人のために」
「柳田さんの、ためにもです」
またほら、そうして悪気なく俺を指してくる。ダメだって。揺らされるな、俺。
「うん、ありがとう」
柔く笑んで、本心の自分を奥底に隠す。
まっすぐに、真剣に、誠実に──『YOSSY the CLOWNが』耳も眼も心もそうして傾けていることが、彼女の信頼を最も得る行動だろう。それをこなせばいい。今の彼女は、あの時の俺と同じ。夢へ突き進む『希望』なのだから。
「納得のいくまで修行しておいで。キミのことだから慢心はないだろうけど、僕はいつだって、キミの本気のデザインを待ってる。サムとエニーもね」
「ありがとう、ございます」
「どうか、このことはなるべく忘れないで」
「はい」
彼女が笑顔になることは嬉しいはずなのに、こんなに苦しくて辛いのはなぜだ。こんな気持ちだったのだろうかと、身をもって体験するまでわからなかったなんて。
「二人には、是非キミの口から説明してあげてくれる?」
「はい、もちろんですっ」
「ありがとう。近いうちに機会を設けようね」
自分がとんでもない道化なのだと、俺は今になって気が付いた。
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