4-3 can you look over to me

 一二月の枝依中央ターミナル駅ショッピングビルは、セール期間にあたる。ビル内外のどこもかしこも、それを告げる極彩色のポスターが、大小各地点に下げられていた。

「視界全部が、色鮮やかで、学びを得ますね」

 そんな広告媒体からすらも、蜜葉の創作のアンテナは様々を常に受信している。声を弾ませ、目を輝かせ、口角が上がりっぱなしの表情が続く。

「クリスマスも近いしね。自然と煌びやかなものが多くなる時季だ」

 三階から順番にひとつずつ階を上がりながら、のんびりだらだらと『見て廻る』二人。蜜葉がどこかの店に寄りたいとは一切言わないので、言葉どおり本当に『ブラブラする』が成ってしまっている。

 エスコートがしたくて悶々とする善一は、五階の帽子屋に蜜葉を引き込んだ。何が欲しいわけでもなかったものの、自ら提案したことだが、目的不明に練り歩くのは善一の性分に最も合わない。

「わあ、柳田さんっ。これ見てください!」

 入店から二分もしないうちに、感嘆の声を上げた蜜葉。指していたのは、シンプルなキャスケット。

「うん? キャスケット欲しかった?」

「わたしじゃなくて、サムくんに似合いそうじゃ、ないですか?」

「ふんふん」

 アップルグリーンの爽やかな色味は、確かに彼に似合いそうだと納得をする。

「クリスマスに、わたしからプレゼント、してもいいかなぁ。も、もちろんエニーちゃんにも、なにか贈ります!」

「うん、絶対に喜ぶよ、二人とも」

 二人へ向ける優しさが嬉しい反面、自らに未だ向いていない悔しさで、笑顔がどんどんぎこちなくなる。

 「買ってきていいですか」と言う蜜葉を引き留めて、支払いは大人の自分がと名乗り出たものの、頑なに遠慮されてしまった。冷静に考えると、贈り物なのだからという理由なのは理解できるのに、どうも思考が上手く回っていない。

 勘違いと幼い嫉妬心が絡まって、善一の公的オフィシャルさは分刻みに無くなっていく。

「はあ、お待たせしました。ありがとうございます」

「ううん。次どこか決めてる?」

「えっと、そうですね。エニちゃんになにか、かわいいものを、探したいです」

「フフ、ざっくりだね」

 喉まで出かかっている「俺には?」という質問をこらえること、約一〇分。溜め息のような深呼吸で逃し、『我慢』の二文字で蓋をする。

「じゃあはす向かいのあの店、行ってみようか」

「はいっ」


 『親以外の誰か』と『買い物をする』などという単純な欲求を遂行している事実に、かなり浮き足立っている蜜葉。

 同じ年頃の、それも女子高生ならば簡単に叶えられるようなことですら、善一と出逢う前の蜜葉ならば夢のままで終わっていた。そんな事象なだけに、この興奮はなかなか醒めない。『彼』と並び歩き、目についた物を指し、談笑し、たまに目と目が合うなど、舞い上がらないわけもなく。


「柳田さん。マニキュアとか、ネイルシールとか、禁止してたりしますか?」

「へ? 禁止? してないしてない」

「わあ、よかったです! じゃあこれ、贈らせていただいてもいいですか?」

 提示されたのは、小瓶に詰められた鮮やかな色味のマニキュアが三本。一人の父親としては、思い付きもしなかった品物アイテムで、なるほどと真顔になる。

「やっぱり女の子の欲しいものは、女の子が一番よくわかるよなぁ」

「そう、ですか?」

「俺思い付かなかったもん」

 柔く笑むと、まるで鏡映しミラーリングしたかのように、へにゃりと照れ笑いが返ってきた。

「ありがとう。二人に贈り物を考えてくれて」

「いえ。わたしもお二人から、たくさん戴きましたから」

「たくさん?」

「はい。言葉に出来ないような、気持ちをたくさん、です」

 翻る制服の端。嬉々としてレジへ向かう蜜葉の明るくなった笑顔が、善一にはほんのりと痛かった。



        ♧



 深く沈むような大型クッション様のソファに、ウッドテイストのローテーブル。暖色灯のペンダントライトがまるい空気を作り出すここは、それなりに雰囲気がいい。

「憧れてました。こういうところで、お茶するの」

「あはは。そういうのひとつずつやっていくのが、今日の目的だからね?」

「そっ、そうでした!」

 彼女がエニーへのマニキュアを購入した後、七階の小さなカフェで小休止を提案した俺──柳田善一。うきうきと頬を染めた彼女は、ホットロイヤルミルクティで暖まっている。

「まだ行ってみたいとこあったら、遠慮しないで言ってね」

「はいっ」

 今回は人目もあることから、自宅に招いたときとは違って、彼女の肩へ手を回したりはしていない。近すぎず遠すぎずの絶妙な距離を保ちつつ、俺は彼女の右隣に大人しく背を埋めている。

「この前電話したときの『詰め込み作業』は、上手くいった?」

「はい。お陰さまで、八割は取れました」

「なんの小テストだったの?」

「世界史です。ただ覚えるのって、なんだか苦手で。だからいつも詰め込みで、なんとかしてるというか。ホントはダメなんでしょうけど」

「あはは、いいんじゃない? この前も言ったけど、何事もいろんな方法を試してみたらいいと思うんだ。自分に合ったやり方って、いろんなパターンを試したことがないと見つけられないよね」

 手にしていたホットココアを、わずかに口に含む。

「進路とか将来も、思い描く方へ向かうのはあんまり簡単じゃないことが多いかもしれない。自分だけのやり方で遅かれ早かれ行くとして、その都度現れる障害物をどう処理していくのかが、『自分なりの方法』なんだと僕は思ってるよ」

 自分なりの方法、と彼女が小さくなぞる。まばたきの度に視線を下げ、徐々にロイヤルミルクティのカップを見つめていく。

「あの、この前から両親と、えと、話を詰めていて、ちゃんと決めつつあることが、あるんですけれど」

「うん?」

「わたし……わたしこの前、ちゃんと進路を、決めたんです」

 おお、と驚嘆きょうたんを漏らした俺。

「いやあ、本当にものすごい進展具合だね」

「い、いえ。進学準備とか、しなきゃいけなくなっちゃうので、早めに、と急かされていたから」

 視線を逸らしたままの彼女のこの横顔、なんだか固いような気がする。ロイヤルミルクティを含んで、かすかに深呼吸をして。

「で、そのことで、あの、きちんとお話ししておきたいことと、正直なご意見、戴きたいんです。前と同じく、『忖度なし』っていう」

 ぐりんとこっちを向き直ったまなざしが、さっきとは一変して不安に満ちていた。反射的にギクリとしてしまう俺。

「あぁ、最初にデザインノート見せてもらったときに言ったやつ?」

「は、はい。まぁ、進路はわたしの決めたこと、なんですが、どうしても柳田さんに、その道のりについて、ご意見戴きたいんです」

「フフ、では仰せのままに。立派なことは何も言えないと思うけど、ご指名とあらば喜び勇んでご尽力いたしますよ、Signorina」

 オフィシャルの感じで返答してみたけど、緊張している様子の彼女はそれどころじゃない。言葉の合間に、かすかに唇が震えているのがその証拠。

「まずわたし、終わらせなきゃいけないことが、あるんです」

「終わらせなきゃいけないこと?」

「はい」

 首肯の続きを、言い出しにくそうにする彼女。促してやろうかなと思って、「なんだろう」と柔く静かに問う。

「結論から、言うと」

「うん」

「まず始めに、このまま、お二人の専属デザイナーを続けていくことを、終わらせなきゃ、と、思ってます」


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