section 3
3-1 cooperation for making
翌日一一時三〇分──柳田探偵事務所隣、花屋・マドンナリリー 二号店。
「若菜ちゃん、久し振り!」
「おー、
シルバーの
「すみません、外っていうか店先に集合だなんて指定して。昨日から柳田さんが依頼で出掛けてて、事務所勝手には開けられなくって」
「いやいやいいよ、五分もなく終わる話だから」
この春己さんは、前に私にベビードレスの依頼を持ってきた人で、花屋のてんちょとは元同僚なんだとか。二〇年くらいの長い友人付き合いが続いているみたい。
「早速で悪いんだけど、これ、ちょっと目を通してくれる?」
「ベビードレスのお直しじゃないんですか?」
「お直し? アハ、違う違う。あれ? どっからそんな話になったんだ?」
「あっ、あーその……」
「出所は私です」と思ったけど、視線を逸らして無かったことに。春己さんは鈍いみたいだから、軽く流せば逃れられるでしょう。爽やか笑顔へひっそりと「ゴメンナサイ」。
咳払いからの「それで?」と質問。
「あぁ、これね、簡易版の企画書のコピーなんだよ」
「え、企画書? なんで私に?」
「うん。実はキミの作ったあのベビードレスね、いろんな所で好評すぎて、製作依頼が殺到してんの」
「え、えええ?」
表情筋ダラりの私。な、なぜに私の知らないところで、そんな大きなことに。
「俺、イベントプランニングの会社の人間なんだけど、結婚式場とも繋がりがあって。その式場担当者に、あのドレスが気に入られちゃったんだよね。まぁ、ドレス着せた孫の写真をチラッと自慢しちゃったことがキッカケだったんだけどな!」
途中から溶けていく、春己さんの表情。なるほど、孫が可愛くてたまらないわけね。
「で、なんかいろんな話を経て、挙式後のカップルからウチもウチもって製作依頼がどかどか来ちゃってて」
話の規模の大きさに唖然としすぎてて、内容が頭の中を滑ってしまう。
「よ、要するに、ベールのリメイクプラン的なのが流行っちゃったわけですか?」
「そーなんだよう」
恐る恐る訊ね返した私へ、指先をパチンと鳴らす春己さん。爽やか笑顔が、マジで五〇才を迎える男性とは思えないほど若い。
「でね? とりあえず近しいところで縫製経験のある人に頼んでみたりしてるんだけど、いろいろと作業が詰んだりしてたら、とうとう匙投げられちゃったんだよ」
ハの字眉になる春己さん。ホントに困ってるっぽい。
「そ、そんな、匙投げるようなものでもないですって」
「ご謙遜! そもそものキミのドレスの完成度が高すぎるって言われてるくらいなんだ。スゴいよホントに!」
「うえっ?! い、いやぁ、そんなこと」
「実物見ても真似できないって、今担当してる人も言ってて。だから、『ちょっと製作者をお招きしませんか?』っていう企画でね」
コレ、と指されるA3大の封筒。うう、過大評価の応酬の末にそんなこと言われたら、一見してみないと悪いじゃん。
「早い話が、受注したベールのリメイク縫製作業を、『正式に』キミに担当してもらいたいんだ。若菜ちゃん」
「せ、正式、にっ?」
三分の一だけ取り出した企画書から、春己さんに視線を上向ける私。
顔がひきつる。だってこんな『正式にオファー』って……。
「その中にも書いたけど、もちろん報酬も出すよ。ずっとこっち側の会社に常駐しなくても平気なようにしていくつもり。キミの働きやすいような形を取りたいと思ってる」
でもそれ、要するに。
私にマジで、服飾技師として働いてくれって言ってるやつじゃん。
「企画書見てから決めてくれて構わないけど、ざっと聞いた内容的には、どうかな」
「あ、いやその、私でお役に立つなら、もちろん是非にとは思います」
「ホント?! じゃあ──」「でも!」
パッと花の咲くような春己さんの笑顔を、申し訳ないけど右掌を付き出して遮る。
「あの、えっと、ありがたいんですが、私はその、柳田さんにきちんと了承を得てからじゃないと、ご協力出来ないと思うんです」
視線を定めていられない。あっちゃこっちゃと眼球を動かしてしまう私。
「だからその、どんな──」「どーも柳田です」
左側からかかる声。聴き慣れた低いそれに、私と春己さんはぐりんと顔を向ける。
「や、柳田、さん」
見上げた横顔にゾワワと鳥肌が抜けて、じんわり冷や汗が滲んで、キュウと瞳孔が開いて。
対面の春己さんへ、いつもの細い目を向けている柳田さん。うあ、寝不足の目をしてる。
「ああー! お噂はかねがね!」
一方で、やっぱり鈍いらしい春己さんは、爽やか笑顔で柳田さんと向き合う。
「どうもお初にお目にかかります、
「ハネサキさん」
「若菜ちゃんに先日ベビードレスを作っていただいて。本当にありがとうございました。孫娘も娘にも喜んでもらえまして」
「あぁ、あン時の。その節はこちらこそ、多大な報酬を頂戴しまして」
「いやいや、予想以上に最高なものを作っていただけまして」
ヘラリ、なんでもないように笑っている春己さん。このくらいぽわーんとしてた方が、柳田さんと付き合いやすいのかなぁ。
「で。秘書に何かご用命でしたか」
寝不足と、なんかわかんない原因から、ちょっとイラついてるっぽい柳田さん。しかも、初めて聴く柳田さんの敬語。なんだか必要以上にドキドキしてしまうし、だんだん眉が寄っていって、険しい顔になってしまう。
「ええ。そのベビードレスがきっかけで、挙式後のアフターサービスとして、ベールをドレスにする企画が立ちましてね。若菜ちゃんにご尽力いただけないかなっていう」
「あの、柳田さん私は──」「構いません」
は……はい?
私の言葉に割り込んで、柳田さんがそんな風に返事をしてしまった。
「どうぞ使ってやってください。コイツのそういう能力は高いです。千代紙付きです」
「折紙ですよそれ」
五秒間の沈黙。
「ま、なんでも好きなように。詳しくは本人とお話しください」
ヘコ、と軽く頭を下げて、柳田さんは身をゆらゆらと翻した。
ちょっと待ってよ。
なんで勝手に、そんなにさっさと決めてンの?
「や、柳田探偵?」
春己さんの呼び掛けにも振り向かない。そのままふらふらと事務所へ上がっていってしまう。
「もしかして、俺、怒らしちゃったかな?」
「ごめんなさい、ちょっとわかんないです。でも放っておけないので、春己さんすみません、お返事ちょっと保留にさせてくださいっ」
今はとりあえず、春己さんには頭を下げておかなくちゃ。春己さんは悪くない。ていうか、誰が悪いとかじゃないしっ。
「話し合いして、明日までにはお返事しますからっ」
「いいよいいよ、ゆっくり話し合って。探偵業務になんにも関係ないから、正直アッサリ断られると思ってたしね」
春己さんの笑みを見てると、ちょっと安心するな。大人の余裕かな。
「すみませんっ、必ずお返事しますからっ!」
二回ほどヘコヘコっと頭を下げた私は、ダッシュで柳田さんの後を追う。
自分勝手な自己解決して、きっとまた何か勘違いしてるんだ。
もう、柳田さんのバカ。
胸の中も頭の中もザワザワしてるしぐちゃぐちゃで酷い有り様。なにも考えられない。
こんなことくらいで、私から簡単に手を離してたまるか。
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