3-6 chain of love

 にんまり、『いいこと考えた』な若菜の笑顔。しかしやはり残念ながら、それは未だに怪しく歪むことがほとんどで。

「縫ってくれた若菜が観てくれるなら、やる意味倍増だね」

「はい。それに私は、兄弟子たちの技術を盗むつもりで行きますからね」

 サムへ、ニヤニヤと細くした目を向ける若菜。

「それってパフォーマンス技術のこと?」

「もちろんですっ!」

「エニーたち、マジック、しないよ」

「ええっ?! そうなんですか?」

「ヨッシーがマジックはやらないからさァ」

「アハハ、ゴメンね」

 弱く笑むYOSSY the CLOWNを見て、「あぁ、そうか」と合点がいった若菜。


 弟の得意とする技術パフォーマンスは、決して公ではやらない兄。伝達継承すら、YOSSY the CLOWNとしては行わないらしい。


 このことから若菜は、柳田兄弟の軋轢あつれきの輪郭が、少しずつ見えてきた気がしていた。

「まぁでも、盗めるものがあると思うので、マジックやらなくたって私は観に行きます! 私は、サムエニがキラキラしてるとこが見たいんです」

「ありがと、若菜」

「ボクたち頑張るね」

 頬を染めて、幼い双子は胸を張った。

「蜜葉も行くっしょ?」

「いっ、行きたいですっ。ぜひっ!」

「柳田さんも連れて行きますからね、二人共」

「ハァ?!」

「やったー!」

「楽しみ」

「ちょっ待て、なんで俺がっ」

 書き物をしていた──フリをして、耳や集中はすべて五人に注いでいた良二が、勢いよく顔を上げる。

「えぇ? 行かないんですか? ここまで首も足も突っ込んどいて?」

 半分軽蔑的な気持ちを含むまなざしを向ける若菜。

「リョーちんだけ、仲間はずれ、に、なるの?」

 良二のことを思い遣るような言葉ながら、スンと冷たく白い目を向けるエニー。

「残念です。探偵の柳田さんには、第三者の、ご意見を、頂戴できるかと、思ってたので」

 ハの字眉で、純粋な落胆の色を向ける蜜葉。

「リョーちん来ないなら、明日ここの悪評流してやるからね」

 まんまるに膨れて不機嫌を露呈ろていさせるサム。

「くっ……フフフフ」

 長いその身をくの字に折り曲げ、腹を抱えてふるふると震え笑っている善一。

 兄の笑いを堪えきれていない姿に、怒りに似た照れが沸々と込み上げる良二。

「だーっクソ! わーったっつの、行きゃいンだろ行きゃー!」

 ダン、と事務机へ平手打ち。酷い悲鳴を上げる事務椅子を膝裏で押し出し、ガラガラと背面の書類棚へぶつけ、立ち上がる。

C'est décidé決まりだね

「決まった!」

「決まり」

「んッフフフ」

「テメー、それ以上ニヤニヤしやがったら今月分の給料没収だかんな」

「あ、あのっ、何時から、公演なさいますか?」

 蜜葉がそっと質問を挟んで、良二の睨みを遮る。YOSSY the CLOWNは顎に手をやってフルフルと首を振った。

「特に決めてないよ。Signorinaたちはご希望ございますか?」

「私はありません」

「ええと、ワガママを、言うと、お昼頃なら、伺えるかな、なんて、あの」

「一一時くらいはどう?」

「賛成ー!」

「エニーも」

「OKでぇす!」

「わたしも、大丈夫です」

 多分、と内心でひとりごちる蜜葉。きゅ、と唇を結び、目線を向こうへやった。

「蜜葉」

「は、はいっ」

「明日、絶対に来て、よね」

 その仕草か、わずかな表情の機微を読み取ったか。やはり敏感なエニーは、蜜葉をキッと見上げて釘を刺した。

「はい。必ず、お伺いします。必ず」

 努めて口角を上げる蜜葉。エニーも薄く笑んだがしかし、まなざしの強さは変わらない。

「若菜、ちゃんと姿探すからね」

「はいっ、楽しみにしてますよ!」

 にんまりとして、若菜を見上げたサム。続いて、机にかじりついている良二へ、声を大きく張った。

「リョーちんも絶対なんだからね!」

 ひらひら、と右手が揺れるのみの反応。顔は上がらない。

「そろそろ着替えて帰ろうか、二人共。家の片付けもしなくちゃ」

 善一の提案に、素直にカクンと頷くサムとエニー。

 良二は机を向き続け、善一はサムの脱ぎ着を手伝いながら、衣装の完成度に淡い溜め息を漏らしていた。時折、若菜と蜜葉に作成中の苦労した点を訊ねては、嬉しそうに笑みを深くする。


「はい、皆さんお疲れさまでした。これは柳田さんからです。って言っても、買ってきたのは私。お金が柳田さんから出てるだけですからね」

 小さな冷蔵庫から出したのは、ブリックパックのココア三本。着替え終えたサムとエニー、そして善一へ手渡す若菜。

「蜜葉はこっち」

「あっ、ありがとうございますっ」

 それは、ロイヤルミルクティのペットボトル。蜜葉は目を丸くした。

「あのっ、どうしてわたしの、好きなものが、これだと、わかったんですか?」

「蜜葉何回かそれ飲んでたから、そうかなって覚えてただけ。私もミルクティ好きだから、同じだなって思っててな」

 若菜のこういうわずかな気遣いを、蜜葉はキュンと羨望した。細かな配慮、あらかじめ察する機転。いい先輩の背中を見られているなと、実感する蜜葉。

「わたしも……」

「ん?」

「いっ、いいえ、なんでもありませんっ! ありがとうございますっ」

 ガサガサ、と音が鳴る。大きな紙袋をふたつ、善一が左肩から下げる音だった。

「じゃあ良二、これで帰るね。調書ちゃんと終わりますように」

 小さく舌打ちをする良二。肘を付き、再び机上へ視線を落とす。

「またね、Signorinaたち。たくさんありがとう。今日はゆっくりお休み」

 弾むように、事務所のアルミ扉を開けるサム。

「みんな、また明日ねー!」

 大きく振った手を、善一の左手を握ることに使う。

「蜜葉、若菜。ホントに、ありがと。また、明日ね」

 小さく手を振るエニー。頬を染めて、スゥと一呼吸深く吸い込んで。

「リョーちん、優しくて大好きだよっ」

「だっ?!」

 目を丸くするエニー以外の全員を見て、ふふ、といたずらに甘く笑んだエニー。善一の右手へと駆け寄り、すぐにアルミ扉を優しく閉めた。

「…………」

「…………」

「…………」

 息をすることもはばかられるような静寂が、事務所を埋める。誰も何も発さず、ピクリとも動かない。

「『俺は柳田良二。小悪魔の姪っ子が可愛すぎてツラいと思ってるこの頃だ』」

「プッ!」

「ぶん殴られてぇのか」


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