2-2 CLOWN's mask
「あのっ、はあ、ありがとう、ございますっ、拾ってくださって、あの、助かりました、ハァ」
目の前でゼエゼエする、学院大付属高のこの女子生徒を、まじまじと眺める俺──柳田良二。
「いや、別に」
俺は拾った傘袋をこの女子生徒へ手渡し、ギュ、と目頭を狭めてこの女の特徴を確かめる。
柔らかそうに緩く波うつ黒髪。
色白の肌、施されていない化粧。
細身だが、ウチの秘書よりは膨らみのある胸元。その左側へ刺してあるクローバーのチャーム付きペン。
黒い合皮の鞄は左肩にかけ、その紐を両手でギュウと握っている。
顎を引くように見上げる、猫っぽい形の目。
垂れているのとは違うハの字眉。
十中八九、これは『
あぁ……なんか、わかる。
俺は左手を拳にして口元にあてがって、咳払いを挟み、視線を俯けた。
あー……誤解のないようにもう一回だけ説明すっと、私立探偵として調査のために校門前で張っていたために、ここに居るんだからな。忘れられちゃ困る、わーったか、ちゃんと覚えとけよ。
「あの、き、昨日も、その、拾ってくださいました、よね」
「あ?」
「こ、これです。ペン、でしたけど」
俺を見上げるこの目は、確かに猫のように目尻がシャープで、瞳はビー玉のように丸い。
「あの、さすがに二日続けて拾ってくださったのに、お礼も、ないなんてその、失礼なので」
はっ。うっかり
「あ、ありがとう、ございました。あと、昨日は急に、その、走ってしまって、すみませんでした」
そうして、しなやかに頭を下げる
な、なんだよ、なんのことだ。昨日って──。
「げっ!」
ヒヤリ、俺は背筋に氷を入れられたような冷ややかさをおぼえた。
いや、ふざけんなよ。どうして間違える?!
まっっっっったく違うだろーがっ! 初めて間違われたわ!
「あ、あの、えと、どうかされまし、た?」
ぐんにゃり、表情がひしゃげちまって直らねぇ。
左肩にかけている合皮の鞄の紐をぎゅうと掴み、辿々しく窺ってくる
「昨日な、昨日。あー、わかる、昨日」
ガシガシと髪を掻きあげる。イライラするが、これは金を貰ってやってる『仕事』だからな。諸々バレるわけにゃいかねぇ。
しゃーねぇ。
なりきってやる、五分だけな。
「よく、わ、わかったな。『昨日とカッコ違う』のに」
ぐぎぎ、と右の口角が上がるのがわかる。左の表情筋がヒグヒグ痙攣しているのもわかる。
グアア、チクショウ!
「だっ、だって、そんなにすらっと、背の高い、方、お見かけしません、から」
「そっそ、そお『かな』」
今俺の服の下は
眉間が詰まる。この女、
「あー。アンタの名前、訊いても?」
「えっ?!」
「き、きき、訊き、そびれっちまったから、です。『昨日』」
「あっ。おおっ、オダ、ミツバですっ」
申し訳なさそうに俯く
「漢字は」
「は……あの、小さい田んぼに、蜂蜜の蜜と、葉っぱ。です」
嫌味も警戒心すらも無く、素直に答える
それに、過剰に自信の無さそうな辿々しい口調が気になる。エニーみたいに怯えてるわけじゃあなさそうだが。
「ああーあの、失礼でなければ、その。わわ、わたしにも、お、お名前、お教えいただけ、ますか?」
振り絞るように言葉を並べる
うげ、
嘘を吐くのも気に入らねぇ、
となれば、選択肢はひとつ。
「柳田だ」
俺は
「や、やなぎだ、さん」
「あぁ」
突っ込んだ両手を勢いよく引き抜き、『指を揃えた何も持っていない両掌』を
「う?」
頭にハテナをふんだんに並べて、
「あ、えっ?」
猫みたいな目がふたつ、パタパタと開閉する。どうなってんのか、わかんねんだろうな。タネを明かしゃあ、簡単なマジックなんだが。
「持ってけ、これ」
そのまま
「え」
「名刺。受け取れ……『ください』」
フウ、危ねぇ。とりあえず『
この名刺は、昨日
「あ、の、ありがとう、ございます」
「アンタにな、話がある」
「えっ、は、話っ?!」
「『昨日話そうと思って話せなかった話』だ」
俺のその提案に、
「日にちも場所も時間も改める。ワリーが明日の放課後……そうだな。
「え? えっと、今では、ダメなのですか?」
「ダメだな。『仕事中』だからな」
嘘は言ってねぇ。昼頃墓参りをして、その後はどっかの道端で『お仕事』してるに違いねぇからな。
俺の言葉の意味がわからなかったようで、首を甘く捻る
「よ、ヨッシー、ザ、ク──」「柳、田、だっ」
呟く
「や、柳田、さん、ですね?」
いびつに持ち上がる、
とりあえず、これで
「じゃあ、明日。一秒たりとも遅れんな」
「は、はぁ」
「返事は」
「え?」
「へ、ん、じ、だ」
「あ、は、『はい』」
「おし」
これでいい。あとは事務所に戻りつつ、
ヤバい。雨足が強まってきやがった。
俺はザカザカと早足で駅へと向かった。
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