section 2
2-1 critical hit
翌日──枝依中央ターミナル駅一階 南改札口。
置き手紙で、秘書にはいつもの掃除を命じてきた俺──柳田良二は、始発でターミナル駅にやってきてからこの柱に寄りかかっている。足元に、事務所から持ってきたいつもの缶コーヒーを二本用意し、改札を出入りする学生……まぁ主に高校生を捜している。
人波が少ないタイミングで、スマホを確認。A4紙を撮してきた画像を拡大し、その嫌味が
・白いセーラー服(スカート丈膝上)
・黒い縁取り
・赤いリボン
・左胸にポケットある(ラインとか
・クローバーのチャーム付きのシャーペン
午前七時二〇分。
改札へ入っていく学生に、それらしい制服を見つけた。顔は写さないように、スマホのカメラで数枚撮る。
被写体にした『それらしい制服を着た高校生』にも、周りを早足で行き交う誰にも、このことは気付かれていない。当然だな。俺様の手さばきは、マジックで鍛え上げられているんでね。
すぐさま撮ったそれのうち一番映りのいいものを、無料通話アプリのメッセージ欄から
『制服これか』
八分後、
『おはよー良二!
あったりー!
よろしく☆』
既読だけを付けて、返事はしない。スマホは、画面をオフにして、左胸ポケットへストンと落とした。
「おし」
もたれかかっていた柱から背中を離し、足元の空き缶二本をゴミ箱へ滑らせる俺。ターミナル駅を出る。
「秋晴れってやつか」
駅を出たすぐに朝陽が射し込んできて、視界を焼く。眩しさで更に目が細まる。まったく、前が見えにくいっつんだよ。
これからの流れはこうだ。
まずは、朝飯をどっかでテキトーに食う。その後に別件依頼の調査をしつつ、その辺の制服受注業者に寄って、この制服の学校名なんかを訊く。んで、昼過ぎにはまた
「フッ、チョロいな」
組み立てた予定を、鼻でフンと笑う。言葉どおり、俺様には朝飯前だったわけだ。
♧
学院大付属高校──それが、対象の通う高校らしい。
制服受注業者から、対象の制服の学校名を簡単に教えてもらえた。これは、俺が過去に何度か似たような案件で世話になってることもあるから、という地道な積み重ねの賜物だ。なかなか真似出来ねぇだろ?
更に幸いなことに、学院大付属高校はターミナル駅から近い。北東線下り方面へ二駅分だから、下校の波を眺め捜すまでには余裕すぎたくらいだ。校門前で張っていれば、下校生徒を全員確認できるに違いない。
つーことで、今、学院大付属高校の道路を挟んだ向かいの電柱にもたれて、生徒が出てくるのを睨み待っている。万が一取り零しがあれば、明日改めればいいだけの話だ、というくらいの気持ち的余裕もある。
胸元からタバコを一本。マッチを勢いよく擦り、タバコの先端を近づける。
「フー……」
とりあえず、一六二センチの背丈の細身女子を見つけたら、
目測で一六二センチを計ることは、造作もない。特殊能力か何かだと珍しがられることは多いが、持てば重さが、見れば長さがわかるのは、小学生半ば頃から何気なく出来るようになったことで。俺にとっては、マジックと似てる事柄だ。まばたきをすることと
対象がいつ来るかもわからねぇ。陽なんかすっかり落ちきることだってよくある。今だってどんくらい経った? 優に三〇分は超えてるか。
こういう張り込みはいつも、自分の忍耐力が試されているような気がする。もとよりそういうのに耐えられないことはなかったから、今も特別苦には感じないんだが。
「お」
下校生徒がチラチラ出てきた。思ったより早い。
「訊きたいことあんだけど、三〇秒だけいいスか」
『年下だろうが、依頼業務中は誰に対しても敬語を使った方がいい』っつーのは
「あっ、YOSSY the CLOWN?」
宣材写真を映したスマホ画面を見せれば、九八%がそう言って返してくる。
「知ってんスね?」
「えー? むしろ知らない人いる?」
「雑誌めっちゃ載ってんもんねー!」
「あざっした」
くるり反転、定位置へ戻る俺。
背後で「あ、ちょっと!」「なに今の?」だのと声がするが、気に留めない。俺の必要情報は得られた。
「今の女は対象外」
こうやってひとつずつ潰していく。これが俺のやり方。
結局、放課後になってすぐに帰宅するような、いわゆる『帰宅部』の生徒自体が結構居た。
塊になって校門から出てこられたときが最も厄介で。気配だの直感だのから「アイツらは違うな」とピンときた女には声をかけるのをやめた。これで違えば、改めればいい。まぁ結局はそこへ落ち着く。
部活動に興じている生徒も当然多いだろうから、そこを加味しても二〇時まではここで待機しておくべき、っつーことだろう。
この情報すべてに合致した女子生徒は、実は俺が今までに声をかけた中には居ない。全員が、ひとつやふたつが未達成。
これはこれで、収穫だ。仕事がまたひとつふたつと前へ進む。なかなかいい傾向だろ?
「ん?」
雨臭い。湿気た匂いが風に混じっている。
「ヤベーな、チクショウ」
このままだと、降るかもしんねぇ。何がマズイって、対象が傘をさしちまうことだ。傘をさされたら顔が見えない。身長目測もたたん。
パツ、パツパツ。
ほらみろ、降ってきた。足元のアスファルトが、黒く丸く濡れていく。まだ我慢できる。まだ傘率は少ない。腕組みをして、指先の暖をとる。
「…………」
俺が雨に濡れること自体は別にどうでもいいんだが、業務の妨げになることは避けたいとだけ、痛烈に思う。
「あ、駅で張るか」
校門前でなくとも、最寄駅の入り口で張ってればいいじゃねぇか、と落ち着く俺。雨足も強まりそうだ。風が高く早いし、向こうからズンと続く曇天が低く立ち込めてきている。
そうと決まれば。
俺は足先を駅へ向け、道路を渡って校門前へ。そこから左方向へ曲が──。
「あん?」
右腕に何か引っ付いた。左手で引き剥がして、まじまじと眺める。
「傘袋、か?」
縦に長い円柱形。
辺りを見渡す。同じ色柄の折り畳み傘を探す。
いた。
校門からこっちに向かって走ってくる女子生徒が一人。
「あのっ! すみ、すみませんっ、それ、わたしので!」
足が遅い。鈍くさそうだ。走っている姿勢からはさすがに身長は計れねぇ。
「あ」
胸元に揺れる、クローバーのチャーム。
マジかよ。もしかして、これって。
俺はゴクリ、生唾を呑んだ。
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