1-3 came suddenly

「僕らはココアが欲しいなぁ」

 アルミの扉がギイーと音をたてて開くと、そこに立っていた人物が上機嫌をかもしながら、そんな風に暢気ノンキに発声した。

「はっ?!」

 固まる若菜。

 なぜなら、眼前にはニッコニッコと満面の笑みのYOSSY the CLOWNが立っていたわけで。

「よっよ、YOSSYさんっ?!」

Bonjourやあ! Signorinaシニョリーナ


 光を放つような、極上の爽やかスマイル。

 身に纏うは、『OliccoDEoliccO®️』の艶やかな濃紺色スーツ。

 ほんのりと薄紅色をした、シワのないYシャツ。

 その中央に正しく締められた、淡いエメラルドグリーンの艶やかなネクタイ。

 ゴールドに、小さなアメジストがはめられたタイピンが、わずかにキラリと光る。


「だークソ! 撒いたと思ったのに!」

 ソファにふんぞり返っていたはずの良二は、ぎゅうーっと眉を寄せ、ガシガシと後頭部を掻き、アルミの灰皿にタバコをぐりぐりと押し付けてから立ち上がった。

「フッフッフーん、残念でしたァ。撒かせたフリ、大成功!」

「てンめぇ、そもそも日本に何しに来やがった。つか、ここにそれ以上入ってくんな!」

 足を過剰ににダンダンと踏み鳴らし、あっという間に若菜を押し退け、扉ギリギリに立ち塞がる。


 YOSSY the CLOWNと、柳田良二。

 二人が鼻を付き合わせるようにして、事務所の開けられた扉の境界線を挟み、向かい合う。

 一八二センチの男が二人並ぶだけで、まるでツインタワーのように見えるので迫力満点。若菜は密やかに「ふおお」と漏らした。


「相変わらず冷たいなぁ、良二は。せーっかく会いに来たってのに」

「テメーがどこに居ようが俺にゃ関係ねぇ話だが、ここに来ていいとは一言も言ってねぇ!」

「あっれぇー? いいのかなぁー? 『僕』は依頼人だよ?」

「テメェの依頼なんざ引き受けねぇ」

「えーっ、差別だなぁーそれ。ちゃんと報酬カネも出すのに」

「ウルセェ。世界中をチャラチャラうろうろしてる奴に俺の行動をごちゃごちゃ言われたかねぇ」

「別にチャラチャラうろうろしてるわけじゃないってばァ」

「ハン! どーだかなっ」

「それはそうと──」

 ガシリ。良二の肩へ手を置くYOSSY the CLOWN。立ち塞がる良二を、ぐい、と一気にその場から引き剥がした。YOSSY the CLOWNの細身のどこにそんな力が、と若菜は目を丸くする。

「元気そうだね、Signorina。良二に追い出されてなくて何より」

 向けられたYOSSY the CLOWNの笑顔は、棒立ちになったままの若菜に刺さっていた。その視線にビシィと背筋が伸びる若菜。

「は、はひっ! おひしゃ──お久し振りですっ」

 噛んだ。ワンテンポ遅れてやってきた羞恥で、若菜の顔から火。反比例して、場は冷えきっていく。

 渋面と赤面の入り交じった顔面になる若菜。

「そうそう。良二を唸らせることは出来た?」

 痛いところを何の迷いもなく突き刺してくるYOSSY the CLOWN。気付かれまいと、キョロキョロする若菜。

「あっ、いやあー、それが──」「全っっっ然だ」

 仕返しにと言わんばかりのスピードで、棘をまとって割り込む良二。

「むわぁーだまだ、全っっ然送り返せそうにねぇから。安心してとっとと帰れ」

「ちょっと! 言い方酷いですよ柳田さんっ」

「まあ近いうちに、絶対ずぇったいに突っ返してやるけど?!」

「フフーん? keep on tryingがんばってー

 若菜は良二の背中をギリギリと睨むも、一向に振り返る様子はない。YOSSY the CLOWNへ集中しているような感触に、若菜は観客オブザーバーになろうとそっと気配を沈めた。

「良二が事務所に入れてくれないなら、とりあえずここでいいや。あのね、紹介したい人がいるんだよ」

「あ?」

「さーあさぁ、come in thereこっちおいで

 YOSSY the CLOWNの足下左右から、小さく幼い顔が半分ずつ覗いた。


 その身長は一〇〇センチ程度。YOSSY the CLOWNの膝や太ももの裏から、控えめにそれぞれ顔を出している。

 透けるような白い肌。

 もっちりと柔らかそうな血色のいい頬や唇。

 引かれた顎はぽよんと幼さが見てとれる。

 そんな幼い彼らのブロンド色の髪の毛は、まるで絹糸のような柔さと滑らかさが窺える。陽の入らない探偵事務所にもかかわらず、蛍光灯の白色の明かりをわずかにキラリチラリと跳ね返す。

 灰色がかった深緑色の瞳は、まるで大切にしまってあった宝石粒かのようで。


「こっちがサムでこっちがエニー。五才の双子だよ」

「ふ、双子……」

 ボソリ、良二はそう呟いて息を呑んだ。その背後で、頭にハテナを浮かべている若菜。

「二人は、『俺』の子どもたち」

「子ど──ああん?! 『子ども』だァ?!」

 声を裏返し驚嘆する良二。その様を見て、びく、と肩を縮めたエニーは、YOSSY the CLOWNの後ろに隠れてしまった。

「テメ、いつ……っつーか母親はどこの誰だっ」

「待ってよ、俺まだ未婚だって。この前電話でイギリス行くっつったろ? 二週間くらい前だったっけ」

「あ? あぁ」

「その時に出逢って、養子にしてきたんだよ」

「よ、『よおし』って……チッ。いろいろ順番とかもおかしいだろ、何考えてんだマジで?!」

 憤慨した良二の追求に、YOSSY the CLOWNはその仮面を脱ぎ、善一としてそっと優しく微笑んだ。そのまま双子の目線位置になるようしゃがみ、双子の肩をそれぞれ抱える。

「だって。あのまま施設にいたら、二人が壊れてしまうと思って」

「そんなこと、テメーが養子に取んなきゃなんねぇ理由にはなんねーだろ」

「二人には世界で輝く素質がある。一緒に世界を廻って見せて、可能性を広げさせたいんだ」

「あんなぁ……コイツらは犬猫じゃあねんだぞっ」

「当然。ちゃんと合意のもと引き取ったし」

「合意ってなんだ。誰との合意だ」

「もちろん二人さ」

「あ?! まだ五才なんだろ?! わかるかよ」

「二人は賢い。特別なんだ。それを妬まれて、まだ五年しか生きてないのにツラい想いをしてきた」

「…………」

 押し黙る良二。その内側の古傷が傷んだためだ。


 良二から目線を外さず、薄い唇で弧を描き続ける善一。

 善一を鋭く睨みつつ、口をへの字に曲げ言葉を探る良二。


「きっと良二も、二人を好きになるさ」

「好みどうこうなんて問題にしてねぇ」

「『俺』の事をいつも理解してくれる。深く。だから俺には、二人が必要だと思った」

「ンだとォ?」

「二人も家族になったんだ、だからりょ──」「黙れっ」

 善一から、笑みが消える。良二の一喝に、事務所は静まり返った。

「テメーはいつだって勝手だ。いつだってそうだから、俺は腹立ってンだろ」

「勝手、って……」

「ひとつひとつケリつけてか──」「違うよ」

 その割り込んだ発声は、善一ではない。まして若菜でもない。

「ヨッシーは、勝手じゃないよ」

 善一の右腕をするりと抜け、二歩前へと歩み出でたのは、サムだった。


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